企画展

企画展『薬と自然誌』に寄せて

本多義昭

 頻度は言えないが、「××という生薬が○○○病に効くと効いたが本当か?」「△△という薬草が□□に効くので売り出したい。」といった相談が来ることがある。本人から直接電話を受けることもあるし、他部局経由で来たり、時には代議士の秘書という方を通してのこともある。
 相談をもちかける方は、専門家だから何でも知っているはずだという意識があるようである。根っこのかけらを「これなんですが」と言われても、そこそこ知られている生薬や薬用植物ならともかく、「どこそこのなんとかという場所ではこれこれに効く」と言われても、困ってしまうことのほうが多い。
 自己弁護になるが、その理由はちょっと考えてみれば判っていただけるかと思う。地球上には高等植物だけでも何十万種とあり、いまだに新種の発見、登録が分類学者によってなされ、続けられている。そして、これの植物は既知未知を問わず、すべて薬になり得る可能性をもっている。加えて、麝香、熊胆(ユウタン)、蟾酥(センソ)、冬虫夏草、竜骨、石膏(もちろん天然のもの)など、動物界、微生物界から化石、鉱物に至るまで、地球上のあらゆる天然物を、古来ヒトは薬の対象として見てきた。
 加えて、生薬は「薬」であるから、その一つ一つに固有の使い方と大抵は複数の効果・効能が知られている。しかも、それらは使われている土地によって、違っていることもしばしばである。その土地では「こう使うのですが」と言われれば、「そうですか」としかいいようのないところもある。調査研究はまだ地球の隅々にまで至っていないからである。
 先輩の研究者が集められた資料を見ても、己の知識の無さを知らされることが多い。薬学部から博物館に移管した生薬のうち、比較的馴染みの漢薬類だけでも6000点を数えるが、これらは多くが植物体の一部である。それらには、同物異名や同名異物もあって、収納瓶のラベルを伏せて、鑑定試験を受ければ、散々な結果になるかもしれない。まして、見知らぬ土地の見知らぬ民間薬とあれば、それはもうお手上げであることが多く、即答は絶対にあり得ないのである。
 ヒトが自然界から選びだしたこれら天然薬物には、活性をもつ特殊な二次代謝成分が含まれている。それらはヒトの五感に訴えるものも少なくない。しかし、これらの成分は、もともとはその生物が生き残り戦略の一つとして、進化の過程で生み出してきたものである。その化学戦略物質をヒトのみならず他の動物も敏感に察知し、巧妙に利用してきた。霊長類の薬、植物の殺虫成分、誘引成分などである。今回の企画展示では、薬の多様性と、京都大学の研究で明らかにされたこれらに関連する様々な視点とが紹介されてある。来館者にその主旨を汲み取って頂ければ幸いである。
(本学大学院薬学研究科教授・生薬学)