[国際シンポジウム]

「博物館と社会の共生関係を築く」



総合博物館では、国際シンポジウムを平成14年3月31日に開催しました。以下には、開催のいきさつとゲストスピーカーの講演内容について簡単に紹介します。


 この国際シンポジウム開催の目的は、京都大学総合博物館が主催し、国際的に活躍している研究者を招いて、総合博物館という立場から、21世紀における地球と人類の共生パラダイムを探る点にあった。
 20世紀、人類活動の飛躍的な高まりとともに、生物多様性の擾乱、気候擾乱などをはじめとする地球規模の問題が種々生じた。その解決は21世紀に先送りされている。先送りになった理由は、これら諸問題が、非常に複雑な要因のからみあったもので、20世紀型の専門化、細分化になれきった既存の科学体系にもとづく思考では解決が難しいことも一つの大きな要因であろう。
 これらの解決には、1)現状および、過去の「正常な」時代から現在までの地球規模の変動に対する客観的情報の収集、2)学際的研究による解決策の追求、3)問題の所在についての一般市民への啓発、基礎情報の提供などが重要となってくる。一般に大学総合博物館には、1)過去の地球の生物圏や、地球環境を記録した学術標本資料が多数存在し、2)文系から理系までの幅広いスタッフが存在し、3)常設展示、企画展示、学習教室の開催、インターネットを通じた情報の発信、といったインフラが存在し、まさに21世紀に先送りされた諸問題の解決に貢献することのできる重要な拠点である。
 京都大学総合博物館は、250万点の物証資料標本群を所蔵し、博物学の広い分野を網羅する教官を擁する。そこで、平成9年発足のこの新しくユニークな組織の強みを生かし、上述のような地球規模の問題の解決の一翼をにない、また、そして、広大な展示空間やインターネットを通じて広く一般市民に情報を提示し、地球と人類の共生が共生できる21世紀の実現に貢献しようと意気込んでいる。ただし、大学に所属する博物館として、研究活動についてはそれなりの自負も蓄積もあるが、1)情報源である学術標本資料の管理体制、2)情報の発信の2点については、経験も少なく今後大いに改善すべき点がある。そこで、このような点に焦点をあてて内外の第一線の研究者を招いて情報や経験の交流を行うことを通じて、大学博物館の将来に対して明るい展望を得ることを目的として、次のような目的をもって本シンポジウムを開催することとした。

 本シンポジウムは、海外より招待講演者4名、学内より招待講演者1名、さらに国内より招待座長3名を招待して開催した。平成14年3月31日、京都大学総合博物館において開催された。内外よりの専門家40名と若干の市民が参加し、熱気のこもったものとなった。以下のようなプログラムで開催したが、このプログラムは、総合博物館のインターネットウエッブサイト上にも公開した。その際、ゲストスピーカーの所属する組織のウエッブサイトをリンクし、参加希望者が事前に、チェックすることによって事前に予備知識が持てるように工夫をした。

プログラム

10:00 開会の辞
京都大学総合博物館館長 瀬戸口烈司
10:10 シンポジウムの目的
京都大学総合博物館教授 大野照文

第一部 標本を収集したり記録することの重要性
10:20 何故博物館は標本を集めそして記録するのか
コペンハーゲン大学博物館 Danny Eibye-Jacobsen
11:40 デジタル・アーカイブが支える博物館
数位典蔵國家科技計画(National Digital Archives Project, Taiwan, R.O.C.) Simon Lin

12:20~鰀13:20 昼食

第二部 大学博物館と社会
13:20大学博物館と一般社会への文化啓発
高麗大学博物館館長 Kwang-Sik Choe
14:20 博物館が結ぶ科学と市民
京都大学人文科学研究所 加藤和人
15:20~鰀15:40休憩
15:40博物館研究者が社会に対して果たす役割
ウィーン国立自然史博館 Herbert Summesberger
16:40総合討論
17:20懇親会

講演要旨

何故博物館は標本を集めそして記録するのか コペンハーゲン大学博物館
Danny Eibye-Jacobsen

地球上の生物の多様性を記録することは、きわめて重要である。それは、純粋学問的な興味から、さらには、現在脅かされている様々な絶滅危惧種についてのきちっとした対応を行うため、また、遺伝子資源としての多様な生物を登録し利用しやすいものとする上でも重要である。国際的に様々なプロジェクトが立ち上がり、そのアーカイブ化作業が進められている。しかし、最大の問題は、アーカイブの入り口における様々な種の同定を行える人材の育成に資本が投下されていない点である。つまり、分類系統学的な基礎知識をもった専門家の育成や、若い専門家の活躍できる場が恒常的に保証されていない。プロジェクト自体には巨額な投資が行われているにもかかわらず、アーカイブの質を規定する同定作業にこのような不安があるとすれば、成果品であるアーカイブには十全の信頼を置くことができない。もちろん分類学に携わる専門家は誠心誠意努力しているが、それには限界がある。今後、恒常的にこのような人材の確保にも配慮がなされるべきである。

デジタル・アーカイブが支える博物館
数位典蔵國家科技計画(National Digital Archives Project, Taiwan, R.O.C.)Simon Lin

台湾では、自然史から文化史までを見通したデジタル・アーカイブシステムを国家プロジェクトとしてたちあげ、現在アーカイブを作成中である。さまざまな学問領域で収集されてきたコレクション、一次アーカイブを一元的にデジタル・アーカイブすることには、大きなメリットがある一方で、そもそも学問習慣の異なる分野で収集されたものを共通のシステム下で利用可能とするためには、優れたメタ・データベースの開発も必要である。数位典蔵國家科技計画は、この困難な課題にチャレンジし、この数年に国際的にも指導的な地位に躍り出ることを目標に研究を進めている。

大学博物館と一般社会への文化啓発
高麗大学博物館館長 Kwang-Sik Choe

 西暦2005年に100周年を迎える高麗大学博物館は、おもに朝鮮文化の至宝や貴重な古文書を多数収容する博物館であり、100周年記念の一つのモニュメントとして新館の造営が現在急ピッチで進められている。館では、収蔵品の管理だけでなく、これを使った研究成果を広く内外に情報発信すべく様々な企画を練り、実行している。博物館の周辺の自治体と連携した講演会、学習教室、ものづくり教室、さらに収蔵品の由来した地方の自治体等と協力した様々なイベント、また海外からの要請に応じた巡回展の企画運営などである。高麗大学博物館は、実働できるスタッフが教官・事務官を含めて5名しかいないが、学内での理解を得るための努力、また学外の企業からの支援を受けるための努力を根気強くおこなってきた。その結果、各方面からの支援を得られ、スタッフの力量以上の様々な成果を上げることができた。これまでに得た経験は、誠心誠意努力すれば必ず共感と支援を得られるということであり、いずれ、新館が完成し、オープンしてからも様々な問題が山積しているが、それを解決していく上で大きく勇気づけられる経験だった。

博物館が結ぶ科学と市民
京都大学人文科学研究所 加藤和人

  大学博物館は、多数の研究者を擁し、優れた研究をおこなっている研究機関に付属する博物館である。この意味において、収蔵品の数も重要ではあるが、大学博物館は、まさに、直接研究者が最新の科学の成果を一般市民に情報発信できる舞台である。科学は細分化され、一般市民にとって科学とは、難しいジャーゴンが百鬼夜行する恐ろしい世界として受け止められている。このような認識を生みだしたのは、中途半端な知識でセンセーショナルにかき立てるジャーナリズムの責任も大きいが、やはり研究者自身が直接一般市民と対峙し、いったい市民が何を求め、またどの点で科学の成果の理解に困難を観じているのかをリサーチし、そして適切な処置をとってゆくことが大学と一般市民との共生関係を維持する上で重要である。エージェンシー化を控え、このような努力なしには、大学博物館のみならず大学自体が衰退するであろう。

博物館研究者が社会に対して果たす役割
ウィーン国立自然史博館 Herbert Summesberger

 ウィーン国立自然史博物館の歴史は古く、世界的にも評価が高い。しかし、科学者と社会の関係を真剣に考える伝統はようやく最近になって強く意識されてきた。初等・中等教育への取り組みもこの数年改善され、事前に要望があれば、博物館の展示の見学ツアー、あるいは、実習教室などに対応できる体制が整い、年間数え切れない行事を行っている。ただし、博物館を取り巻く状勢はけっして楽観を許すものではない。そこで、数年前よりボランティアを募り、標本の作製、維持管理、案内など幅広い領域で活動してもらっている。もちろん館の目論見にあった働きをしてもらうために、ボランティア希望者を教育することには、大きな負担がかかる。しかし、このコストを考えても、長期的には博物館の運営にとって大きな助けとなる。さらに重要なことは、彼らが単に労働力不足を補う存在ではなく、博物館にとっての大きな精神的応援団となってくれることである。かれらは、家庭で、職場で、また友人のサークルで、博物館の存在意義や、そこで行われている様々な興味深い活動について、伝道師の役割も果たしてくれる。このようなボランティアの育成は、しかし、一朝一夕にできたものではない。過去数十年にわたる友の会の運営に積極的に館の研究者が参画し、一般市民にサービスを行う中で培われた信頼の上に花開いた仕組みであり、今後日本の大学博物館でもこのような取り組みを息長くつづける必要があろう。また、ウィーンの自然史博物館ではドイツ語以外にも日本語を含めたガイドブックも作成して、世界中からの来館者に配慮をしている。このことがまた、館の評価を高めている。博物館と地域社会・国際社会との関係を考える上で参考にしていただきたい。

まとめ
様々な観点から博物館と社会の共生についての報告を聞けた。5名のスピーカーは、厳しい現状に対し前向きに対処する中で21世紀の博物館のあるべき姿を述べ、その真摯な楽観主義は、参加者を勇気づける結果となった。テクニカルなこととなるが、今回のシンポジウムでは、同時通訳を入れ、一般の参加者にも内容が理解できるように配慮した。英語、韓国語から日本語への翻訳であったが、要点を伝えることができて好評だった。また、懇親会では、京都大学に在学中のテノール歌手、加藤ゆきひろ氏による独唱もあり、雰囲気が盛り上がった。最後になるがこのプロジェクトを心よりご支援いただいた財団法人京都大学教育研究振興財団に対し心よりお礼申し上げる。

総合博物館 教授 大野照文