平成14年度京都大学附属図書館公開展示会

学びの世界 - 中国文化と日本 -

木田章義


 本年度5月に、附属図書館蔵『幼学指南鈔』(二冊)が重要文化財に指定されたのを記念して、本書を中心とした展示会が計画され、総合博物館との共催、文学部の協力を得て、10月30日から12月1日まで、総合博物館を会場として開催した。


展示風景

 『幼学指南鈔』は、平安時代末、日本で編纂された類書である。本書で解説されているのは、漢詩文に使用される語句であり、漢文を理解するために必要な地名や物品の名前や説明である。つまり、類書というのは、漢詩文を書いたり読んだりする時に必要な知識や語句の解説を集めたもので、今で言えば、出典付きの漢和辞書というのが近いであろう。平安時代の知識人は、こういう類書や幼学書を学んで、漢詩文を作る力をつけていったのである。

 『幼学指南鈔』を中心に展示会を開催するということは、日本で中国文化をどのように受け入れたかを展示することになる。そこで、東洋史・中国文学・国文学の若い人々の協力を得て、三つのコーナーに分けた。第一部は、中国を中心として、朝鮮半島や日本列島を含めた範囲に、どのような形で中国の出版文化が広がっていたのかというテーマで展示を行い、第二部では、『幼学指南鈔』を中心に据え、このような類書や類書と一対となる幼学書などが、中国や日本で、どのように展開してきたのかを展示した。第三部は、日本に受け入れられた中国の典籍が、どのように消化されてきたのかをテーマとした。

 本展示会の眼目は、きわめて貴重な典籍の中で、これまでほとんど知られていなかったか、あるいは注目されていなかったものを公開展示して、学界に提供するというところにもあった。この展示会以前から、「日本・中国・韓国版本研究会」が結成され、活動をしており、これらの貴重な典籍の存在を熟知している研究会の会員の協力が得られたことが、本展示会の展示品の充実に寄与した。

 『幼学指南鈔』を中心にするという趣旨からみれば、本展示会の中心は第二部になるが、第一部でも、第三部でも、本邦初公開となる貴重な典籍をできる限りたくさん展示した。重要文化財の山である「清家文庫」を含め、これまで展示する機会のなかった国宝級の典籍、学問的に貴重な典籍などが展示され、地味ではあるが、京都大学の蔵書の質の高さが見事に示されており、遠くから二度も展示会に足を運んだ専門家も少なくなかった。

 また、京都洛西にある近衛家の歴代が収集した書籍を保存している「陽明文庫」の協力を得られたことも特筆すべき出来事であった。陽明文庫蔵の、世界で一つしか所在が知られていない元版の袖珍本や『幼学指南鈔目録』(近衛家筆)も始めてのことである。陽明文庫の名和修文庫長のご好意に感謝したい。

 図録は、新しい研究の一端が示されていたり、論文に匹敵する価値のある解説もあり、展示書籍の質の高さに合った、高度な内容となった。この図録の出版については、文学部の協力を得ており、まことにありがたいことであった。

 具体的な展示方法については、素人の集まりであったために、苦労も多かった。説明パネルも、附属図書館館員の手製である。さまざまな人々の協力のもと、京都大学の蔵書の質の高さ、研究水準の高さを、目の当たりに示すことができ、当事者として充分な満足感を感じている。

(文学研究科教授・国語学)


幼学指南鈔(重要文化財)

初学者が学ぶべき項目を中国の古典からジャンルごとに選び配列した書物。平安末期に日本で編まれた。全31巻のうち23巻のみが現存。そのうち、巻七と巻廿二を京都大学附属図書館が所蔵する。

(上左)幼学指南鈔 巻七目録部分

(上中)幼学指南鈔 巻七本文

(上右)幼学指南鈔 巻七末署名

 巻十七本文中の年号[久安三年(1147)]と署名の「覚瑜」の活動時期が承元4年(1210)頃と推定されることから、本書の成立時期は平安末期と考えられている。

(下左)幼学指南鈔 巻廿二目録部分

(下右)幼学指南鈔 巻廿二本文

(より詳しい画像情報は

http://ddb.libnet.kulib.kyoto-u.ac.jp/exhibit/k133/image/indexA1.html

を参照してください。)