平成15年春季企画展

「日記が開く歴史の扉」 - 平安貴族から幕末奇兵隊まで -

岩崎奈緒子


 2003年4月23日から5月25日まで、本館二階の展示室において、総合博物館・附属図書館・文学部の所蔵する日記を一堂にならべた企画展「日記が開く歴史の扉ー平安貴族から幕末奇兵隊までー」を開催した。
 今回の展示の目玉の一つは、総合博物館の所蔵する『兵範記』断簡の初公開であった。平信範の日記『兵範記』は、院政時代の研究の根本史料ともいうべき史料で、重要文化財に指定されている。総合博物館の日本史標本は文学部から受け継いだものであるが、二十年余り前、それら史料群のうちの平松家文書の中から、平安時代のものと思しき日記の断簡(断片)群が見いだされ、本学名誉教授である上横手雅敬皇學館大学文学研究科教授によって研究が進められた。百葉を越える断簡の時期を特定し順序を確定するという困難な作業がなされ、平成十一年に住友財団の助成を受けて修復が施された。
 失われていた『兵範記』の再生。これを契機に、そのお披露目を兼ねて、京都大学の日記のコレクションを一堂に見せようという企画が立案されたのであった。
 日記の歴史は古い。日本では、平安時代、貴族たちの間で個人が日記を書くことがはじまった。伝統を重んじる貴族社会では、過去の記録が尊重され、人びとは自分のため、子孫のために日記を残した。日記を書く階層は時代が下がるにつれて次第に広がり、近世になると庶民にまで日記をつける文化は普及していく。日々のできごとの記録である日記には、あることがらについての情報が時間の経過に即して残され、また、書かれた事実もおおむね信頼できるという特徴を持っている。日記は、歴史を知ろうとする上で欠くことのできない貴重な史料なのだが、こうした歴史的事実の宝庫としての日記の魅力に加えて、いまに残る日記を考える上で重要なのは、祖先の日記を残そうして努力してきた先人たちのはたらきかけである。それらをどのように表現するのかが、展示のポイントとなった。
 第一部の「歴史資料としての日記」では、貴族の社会において、書かれた日記が伝えられ、活用される様子を、第二部の「古代・中世の日記」では、個人の日記として最も古い藤原道長『御堂関白記』を起点として、貴族の世界で日記文化が花開く様子を、第三部の「近世の日記」では、日記文化が階層を越えて展開していく過程を表現した。
 展示を実施するに際して、藤井譲治文学研究科教授・吉川真司同助教授には、企画段階から全面的に参画いただいた他、上横手雅敬名誉教授、元木泰雄人間環境学研究科助教授、野田泰三文学研究科助手のご尽力があった。また、文学部日本史研究室の院生の参加も特筆しておきたい。これは、総合博物館の前身の文学部博物館時代からの手法であるが、大学院生に対して現文書に触れる機会を提供する場として有効なばかりでなく、こうした方法をとることによって、今回の展示に複数の初公開史料を加えることができた。
 最後になったが、貴重な史料をご出陳くださった陽明文庫・京都府立総合資料館をはじめとする所蔵者の方々に感謝の意を表したい。
(総合博物館助教授・日本史学)

ごあいさつ
 古代以来、わが国には公私にわたって数多くの日記が残されてきました。古代国家の公務日記に始まり、伝統を重んずる公家社会において隆盛を極めた日記文化は、時代が下るとともに身分を越えて種々の階層に広がりを見せます。日々書き継がれる日記は、その記載内容がおおむね正確であるため、歴史を知るための基本資料とされてきました。
 とりわけ公家社会においては、明治になるまで、先例・故実を知る手がかりとして、日記が尊重され活用されました。公家たちは、日々の行事や事件を円滑に処理するために、過去の日記をひもときました。儀式のマニュアルを手にすべく写本や目録を作り、さらには、複数の日記を土台にした特定の儀礼に関わる編纂物なども生み出したのです。今に残る日記には、祖先の残した日記を大切に伝えようと心をくだいた人びとの思いが込められているといえます。
 この企画展では、京都大学総合博物館・附属図書館・文学部の所蔵する日記のコレクションを中心に、財団法人陽明文庫・京都府立総合資料館のご協力を得て、平安期から幕末までの日記を一堂に並べてみました。また今回、総合博物館の所蔵する『兵範記』の断片(断簡)を初めて公開することになりました。ここに紹介するのは、院政期の貴重な史料である『兵範記』の欠を一部で補うものです。
 日記の伝える史実と、日記を残してきた人びとの意志とを感じ取ってくださり、日記に重ねられた「歴史の声」に耳を傾けていただける機会となれば幸いと存じます。
 最後になりますが、展示の趣旨をご理解いただき、貴重な史料をご出品くださった所蔵者、ならびに多大なご協力をいただきました関係者のみなさまに心よりお礼申し上げます。

総合博物館館長 山中一郎