「京大らしさ」を展示する

瀬戸口 烈司


 私が館長に在職していたあいだ、もっとも心をくだいたのは展示についてであった。常設展示はもとより、企画展示をどのようにするか。展示は、おおげさにいえば、博物館の生命線である。展示がつまらないものだったら、博物館の価値がなくなる。その逆に、展示を通じて、「京大らしさ」を浮かび上がらせることもできるはずだ。そうすれば、総合博物館が京大を代表する附属施設のひとつとして機能できるだろう。展示をつまらないものにするわけにはいかないのであった。
 1997年4月に京大総合博物館が正式に発足し、河野昭一初代館長と9名の教官、5名の事務官が初期の運営にあたった。5月には来年度概算要求の原案をまとめなければならない。発足当初の職員は、めまぐるしく回転する動きに身をゆだねなければならなかった。
 京都帝国大学は、1897年に発足した。1997年は、京大創設100周年にあたる。その年に総合博物館が京大に付置された。井村裕夫総長(当時)の意向もあり、今は総合博物館の本館と呼ばれている文学部博物館の建物を中心に、秋に京大百周年記念展示会を開催した。学内の各学部、研究所の履歴・活動の目玉のほか、ノーベル賞など国際賞の受賞者、文化勲章受章者を紹介するとともに、京大の登山・探検のコーナーも設けた。
 私は、当時は総合博物館の協議員の立場にあり、博物館の運営には直接にはタッチしていなかったが、百周年記念事業の「登山・探検のコーナー」には身を乗り出さざるをえなかった。京大の登山・探検の伝統の実状を熟知する立場のものでないと、そのコーナーの担当はつとまらない。京大の登山・探検の伝統は学生団体の山岳部・探検部に受け継がれている。現在の山岳部長はアフリカ地域研究センターの田中二郎教授で、探検部長は私である。総合博物館構想の取りまとめの段階から関与していた私が、百周年記念展のなかの「登山・探検のコーナー」を担当することになった。
 田中二郎教授に協力を依頼したところ、海外出張が予定されているから、代わりに山岳部のOBで、学士山岳会会員の清水浩博士(農学研究科地域環境科学専攻助手)を紹介してくれた。清水博士が「登山」のコーナーを、私が「探検」のコーナーを担当して仕上げた。この百周年記念展は、「京大らしさ」を浮かび上がらせるにあたって、たいへんに効果があった。野外研究の華々しさが、すごい迫力をもって、観る人を魅了した。
 そして、霊長類学をはじめとして世界各地で展開している各分野の野外研究の成果を開示することを、総合博物館の常設展示の主眼にすることがすぐに決まった。百周年記念展の準備のさなかの9月に、生態学研究センターの井上民二教授が飛行機事故で殉職するという悲報が飛び込んだ。井上教授も探検部の出身である。井上教授が取り組んでられたボルネオのランビル熱帯雨林の現状を博物館のなかで紹介できないかと、当時の河野館長は考え付いた。常設展示場に熱帯の森林を復元するという計画は、こうして生まれた。
 この展示を担当している過程で、たいへん重要なことに気がついた。今西錦司に率いられて京大のなかで登山・探検の伝統をきづいてきた旅行部、学士山岳会、京都探検地理学会、生物誌研究会、山岳部、探検部はすべて任意団体で、文部省の官制の組織ではない。しかし、今西が提唱したサル学を発展させるべく、1967年に霊長類研究所が京都大学に附置された。その2年前の1965年には、地域研究を目指す東南アジア研究センターが設置されている。1986年にアフリカ地域研究センターが、1991年に生態学研究センターが附置された。このように海外での野外研究を展開する官制の研究機関が、京都大学内に設置されていったのである。
 登山・探検という行動面で薫陶を受けた山岳部・探検部の出身者のなかから、それらの附置研究機関に職をえて、研究を展開する例が続出しはじめた。これこそが京都大学の特徴であり、強みであると思われる。伝統は、けっして途切れていないのである。その伝統を受け継ぐ官制の装置として附置研究機関群があり、任意団体として学生団体の山岳部・探検部が健在である。山岳部・探検部出身の若手がそれら附置研究機関に身をおいて研究を展開する。伝統を現在につなぐ装置系がみごとに機能しているのである。
 京都には、もともと探検の伝統、系譜があった。19世紀後半から20世紀の初頭にかけて、中央アジアは古典的探検のおもな舞台のひとつで、日本からは大谷探検隊が大活躍をしていた。1903(明治36)年から1919(大正8)年にかけて、カラコルムから中央アジア方面の仏教遺跡を探検した。この大谷探検隊は学術上の収穫を日本にもちかえった。京都大学の総長であった羽田亨先生ほかの学者が協力してこれを研究した。
 このように、京都に根付いていた探検の伝統は、東洋学を介して京大に引き継がれた。戦後に人文科学研究所となる東方文化研究所では水野清一教授をリーダーに山西省の有名な雲崗の石仏の調査研究をおこなった。伝統を大学のなかに根付かせる装置をいろいろなかたちで仕掛けるのは、京大のお家芸である。
 野外研究(フィールド・サイエンス)をテーマにした常設展示は、伝統を現在につなぐ装置系をみごとに機能させる「京大のお家芸」をも紹介している。このような展示は、ほかの大学ではできないのではないか。
(理学研究科教授、総合博物館 前館長)