平成15年秋季企画展

「21世紀京大の農学」 - 食と生命そして環境 -


期間:平成15年10月1日(水)~12月27日(土)
   (月・火曜日休館)
開館時間:午前9時30分~午後4時30分
   (入館は午後4時まで)
会場:第2企画展示室(南館2階)


ごあいさつ
 「人はパンのみに生きるにあらず。」有名な聖書の言葉です。無教会主義キリスト教者であった塚本虎二さんによりますと,この句は,徹頭徹尾,食糧問題にかかわって解釈するべきであるといいます。人間が生きるには,食べ物を欠くことができません。その意味で食料を考えることが,きわめて大切であると理解しておきましょう。
 京都大学の農学研究は,この食糧問題に真正面から取り組んできました。80年の歴史を通して,革新を続けてきた科学の成果を,時の流れに応じつつ,わたしたちの「衣食住」に関連させて,そのあらゆる分野をカバーして,対象を広げてきました。21世紀を迎えて,食料の絶対量の不足,食品の安全性,人間が生きることのみを追求する独善がもたらす他の生物への影響,そこから生まれた彼らとの共生を模索する考え方,そして地球全体の環境,・・・,わたしたち人間は,実に難しい問題に直面するようになりました。この新しい世紀が人間にとってバラ色に輝くものになるかどうかについては,楽観は許されないとの見解さえあります。
 しかし人間の叡智は,必ずやそうした「悲観主義」を克服するものと確信します。京都大学の農学研究が取り組んでいる現実を,ここに展示というかたちでお示ししますが,人間の明日の生存を確保するのに,実に意味のある研究を進めていることを認めていただければ幸いです。そして未来を担う若い諸君が,この戦いに参加されることを,あるいは,たとえ戦列におられなくとも,熱い声援を下さることを期待します。
 人間の未来は永遠です!
総合博物館館長 山中一郎

企画展「21世紀京大の農学」へのいざない
 この度の京都大学総合博物館企画展「21世紀京大の農学-食と生命そして環境-」にあたり,農学研究科・農学部の現状と目指すべき将来方向をご紹介して,ご挨拶にかえさせていただきます。
 京都大学農学部は大正12年に設置されて以来,今年で80周年を迎えます。この間,昭和24年には学制改革により新制京都大学農学部となり,昭和28年には大学院農学研究科が設置され,その後幾多の拡充改組を経て昭和56年の熱帯農学専攻の設置により10学科,11専攻の構成となり,農学の総合的研究教育の拠点としての体制が整えられましたが,平成7年度からの大学院重点化に伴う改組により3大学科,6専攻に統合され,さらに平成13年4月には食糧科学研究所との統合に伴う再改組により現在の6学科,7専攻体制に整備されました。その間,生命科学研究科,エネルギー科学研究科,情報学研究科,アジア・アフリカ地域研究研究科,地球環境学堂の設置や,総合博物館,国際融合創造センター,学術情報メディアセンター,フィールド科学教育研究センターの設立・拡充に協力して,農学研究領域の拡大と発展にも努めてきました。
 農学研究科・農学部では創設以来,食料に関わるあらゆる科学を,バイオサイエンス等の先端的科学技術の適用と環境との調和への総合化を機軸として展開することにより,健康で豊かな人間生活の基本となる衣食住への多様な要望に応えるとともに,人類の持続的繁栄にとって不可欠な人と自然との共存原理を探求することを基本理念として,生命・食料・環境に集約される多面的な研究を総合的に展開して,多くの有用な成果を挙げてきました。
 20世紀の後半から顕在化し始めた多くの地球的規模の問題が深刻化する中で,人口の急増による食料不足,資源やエネルギーの枯渇,環境の保全と修復,食の安全性など,農学が果たすべき役割はますます重要になっています。京都大学の農学研究は,これまでの研究教育の理念を踏襲するとともに,これをさらに発展させるべく,自然科学と社会科学の連携,地域性と国際性の重視,長期的視点と萌芽性の尊重などを内包した総合的で学際的な研究を展開することにより,わが国を代表する農学の総合的研究教育の拠点としてなお一層の発展を目指します。また,これらの研究を通じて,わが国の農林水産業や関連産業への貢献にとどまらず,常に世界の研究拠点の形成を指向し,より高い水準の研究へ自己革新を続け,新たな研究領域の開拓をも目指しています。
 この度の総合博物館企画展においては,農学研究科・農学部の研究活動の一端をご紹介するとともに,21世紀社会における真の農学研究の意義と将来の方向性を広く知っていただきたいと思います。

企画展「21世紀京大の農学」実行委員長 大学院農学研究科長 高橋 強


展示内容紹介

 京大における研究教育活動を一般の方々に紹介するという目的で,今回の企画展では農学研究科・農学部をとりあげさせていただいた。京大の農学研究は80年の歴史をもち,応用生物学を中心とした分野で活発に成果をあげている。その姿の一端を見ていただくべく,南館二階の企画展示室において分野研究室を単位とした69枚のパネルを中心に展示を行っている。
 京大の農学研究は多岐にわたっている。そのキーワードは食,生命,環境に集約されるが,簡単には全体も部分も把握しきれないので,理解しやすいように,研究の類似性に従い,69枚のパネルを以下のように10のコーナーにわけて展示を行っている。

1.作物の科学-基礎と応用-
アジアのイネ生産の未来像を探る-焼畑栽培から超多収栽培まで-:作物は人間の一番大切な友達-新しい品種の育成を目指して-:野菜や花に新しい可能性を求めて:果樹の遺伝子診断-品種改良の効率化と生理現象の解明を目指して-:農業生産と生活・生態価値の追求-環境と生産の調和を目指して-:野生ソバの自生地を行く-ソバ栽培の起原地の解明と野生祖先種の発見-:ウイルスと植物の死闘-サプレッサーの発見-:植物の病害との新たな闘い-有害生物管理法の開発にむけて-:熱帯地域の農業環境-農耕空間の土地生産力評価と水分動態-:イネの受粉-温暖化に負けないイネをめざす-

2.森林を理解する-自然との共生-
私たちのくらしと森林-森林・人間関係学の課題-:熱帯林の利用と保全-森林の持続的利用法を求めて-:熱帯樹木に年輪構造はあるのか:森林生態系の提供する「食物―住み場所」テンプレート:森林からの学びを資源の持続的な再生利用に活かす-古くて新しいスギ林の研究から-:ランドスケープ・プランニング&デザイン-これからの地域づくりに欠かせない重要な理論・技術・実践-:森林の変遷と土砂侵食・降雨流出-森林の「緑のダム」機能の科学的評価-:森林水文学-水循環における森の役割を知る-バイオマスに地球の未来をかけて-共生と循環-

3.木を活かす
木目模様のサイエンス-木目はなぜ和むのか?-:木材を切る・木材を診断する-加工と非破壊診断からみる木材の有効利用の途-:生物がつくる繊維-その構造と機能に学ぶ-:分子-細胞-樹木-樹木はなぜ巨大な生命体になれるのか-:バイオマスから次世代機能材料を!-天然素材の特性を究め高度有効利用をはかる-:木材の劣化を制御する-環境と調和した木材保存技術-:木質バイオマスリファイナリー系の確立-持続可能な社会に向けて-

4.食品の基礎科学-伝統と展開-
221世紀の食糧問題への挑戦-食べ物で生活習慣病を予防する-:食品の美味しさとは何か?-味と食感の科学-:酵素化学が拓く食品生物科学の新時代-酵素反応の解析と応用-:食品成分とがん予防-亜熱帯産食材を中心として-:食品の脳科学-ハンバーガーや「だし」の効いたラーメンは,なぜ美味しい?-:低アレルゲン大豆食品の創出-大豆アレルゲンはダニアレルゲンと兄弟-:生活習慣病予防機能を持つタンパク質・ペプチドを求めて-新素材の探索から新機能の設計まで-:食品を造る-基礎科学の成果を食卓に-:ところ変われば食変わる:烏龍茶,紅茶はなぜ花の香りがするのか?

5.微生物を究める
微生物パワーの源流を探る-未来バイオの構築に向けて-:微生物機能の新規開発と産業への利用-暮らしに役立つ微生物-:未来型資源利用への挑戦-微生物の総合学的理解と応用開発-:極限環境微生物の世界-寒さ知らずの微生物-:生命現象の解明-自分を守る生物の知恵-

6.生命の基礎科学
生命とエネルギー-バイオで健康を測る・電池を創る-:生命現象のメカニズム解明と化学合成:健康な体をまもるしくみを探る-ABCたんぱく質-:ポリペプチド・コンフォメーションの化学-タンパク質の「かたち」と「はたらき」を結びつける-

7.飼育動物の科学
肉質の遺伝的制御機構の解明と改良への利用-霜降り肉はどのようにできるか-:体細胞クローン技術の展望-クローンミニブタ-:新しい飼育動物・実験動物の利用-環境や食品の安全性・食品の薬理効果の評価-:日本と世界の家畜生産システムを探求する

8.海洋と生物
海の豊かさの仕組を解く-瀬戸内海の生物生産を支える栄養はどこから来るのか-:栽培漁業-水産資源をつくり育てる-:ベントスの謎をさぐる-分子が語る海洋無脊椎動物の生きざま-:新種を見つけよう!-青い斑紋のネズミゴチ-:水圏生物を利用する-生理活性物質や機能性食品開発,環境問題への貢献-:神秘のフィールド「海」をさぐる-地の利を活かしたフィールド研究-

9.虫の科学-人と昆虫との関わり-
ダニ類の化学生態学-コナダニ類のケミカルワールド-:適応進化をリアルタイムでとらえる-侵入したオオモンシロチョウに対する在来天敵の急激な適応-:ハダニとその天敵の攻防-神は細部に宿る-:昆虫の情報処理と動きのからくりを探る:昆虫に特有の機能をかく乱する殺虫剤-化学構造と生理活性-

10.人と農業のかかわり-農村の再生-
21世紀は「水」の世紀-水資源管理のあり方を探る-:計算テラメカニックス-月面ローバ用車輪の性能予測-:環境を守るために国内で食料を作る-循環型社会の構築に向けて-:農学知の統合-農村空間の未来,それは私たちの未来-:人類の社会と農業・農学-人間にとって食料とは何か,農業・農学とは何か-:森林・人・経済-森と人との共生をめざして-:発展途上国の農村経済を研究する-アフリカ,中国,中近東,東南アジアの農村は今...-:フードシステム-農場から食卓まで-:土・人・地域-ワイナリー経営と地域活性化-