総合博物館レクチャーシリーズ

本レクチャーシリーズは、平成14年7月6日に第一回目を開催しました。この時は、韓国の朴宰弘先生(慶北大学校自然科学大学生物学科教授)に「鬱陵島の植物と山菜」というタイトルでお話しいただきました。それ以来、一月にほぼ1度のペースで開催、平成15年9月に10回目を数えるまでになりました。館の教官や学内外の第一線の先生方に講師をお願いしています。また、客員教授の先生がたも協力してくださり、10回のうち3回は客員教授による講演でした。これまで約500名の参加者がありました。また、かなりの方が何度も来聴されており、フィールド科学を人文系・理系の広い分野にわたって紹介する本レクチャーシリーズに対する人気を示すものと思います。前号までのニュースレターに紹介できなかった4回目~10回目のシリーズについて以下に簡単に報告します。

第4回「ヒマラヤ高山の温室をつくる植物、セーターを着る植物」スピーカー:大場秀章先生(東京大学総合研究博物館・教授)、平成15年2月22日(土)

モンスーンの影響を受けるヒマラヤ東部やチベット東南部の高山に適応した特殊なかたちをした植物のスライドによる紹介。さらに、こうした特殊なかたちをした植物の中から、葉の一部が半透明化して温室のガラスのようになり、花や生長点をその中に収める「温室植物」、葉や茎の表面から長い毛を密生し、それがセーターのように花や生長点を包み込む「セーター植物」を取り上げ詳しくそのしくみなどを紹介などをいただいた。

第5回「Down to the root of the animals(化石から解き明かす多細胞動物の起源)」(英語・日本語翻訳付)」スピーカー:M.A.フェドンキン(Prof. M.A. Fedonkin)先生(ロシア科学アカデミー・古生物学研究所教授)、平成15年3月15日(土)

プレカンブリア代(46億年前~5.5億年前)の終わり、多細胞動物の進化の最初の頃の様子について、講演をしていただいた。約15億年前と考えられるイソギンチャクに似た化石の紹介は本邦では初めてのはず。約6億年から5.5億年前の地層から発見されるエディアカラ化石生物群の紹介、とりわけロシアの白海沿岸でご自身が発見された、這い跡を残している動物の先祖らしき化石は圧巻だった。さらに、エディアカラ動物群の出現直前に地球は最大規模の氷河期に見舞われたことが最近明らかになってきたが、この事件が多細胞動物の繁栄のきっかけを作ったとの自説を述べられた。

第6回「地下生物圏の秘密を探る」スピーカー:北里 洋先生(海洋科学技術センター固体地球統合フロンティア研究システム・地球システム変動研究領域・領域長)、平成15年3月29日(土)

従来、生物がほとんど生息していないと考えられていた地下の無酸素・暗黒・高圧・高温の環境下で、岩石の隙間に多様な生き物が生息していることが最近判ってきた。しかもこの地下に生息する生き物の総量は、地表の生き物の総量に匹敵するとする見積もりさえだされているそうである。地下の世界をはじめとする酸素の無い環境に住む生き物たちが、どこで何をしているのは、まだ謎である。そこで、無酸素の生物圏の秘密を解き明かすための試料を世界中から集めるプロジェクトが先生の所属研究機関で現在進められている。無酸素環境に住む生物を調べることが、じつは生命の誕生やジュラ紀など過去の地球環境や生物進化を復元する上でも重要な鍵を握ることなど、豊かな発想と夢のあるお話を聞けた。

第7回「原人の世界」スピーカー:山中一郎先生(京都大学総合博物館・館長)、平成15年4月26日(土)

今から150万年ほど前にアフリカ大陸に出現したヒトの進化の一段階は、「原人」と呼ばれる。50万年前ころには、原人は石器作りに新しい工夫を発明し、木や骨で石を叩いて割るようになる。40万年前ころには火の使用を始め、さらに寒い世界を支配するようになる。また火が与える光は、夜の闇の世界をも活動時間へと変える。さらに、40万年前、住居を構築、さらには、恐らく肌に着ける衣類の発明などを通して20万年前ころにはよりヒトらしい生き方をとるようになったらしい。そして、次の進化段階である旧人(ネアンデルタール人)を経て、わたしたちと同じ生物分類の枠のなかに入れられるホモ・サピエンス・サピエンス(新人)へとヒトらしさの進化は続く。このような、ヒトらしさの進化にとって重要な一段階である「原人」の世界についてお話をいだだきました。当時の石器の実物も披露していただけた。

第8回「Architekten und G_rtner im Mikrokosmos (大型有孔虫・熱帯の庭師にして建築家)」(ドイツ語・日本語通訳付)スピーカー:ヨハン・ホーエネッガー先生(Prof. Dr. Johann Hohenegger)(ウィーン大学古生物学研究所所長)、平成15年5月18日(日)

海の中には、有孔虫と呼ばれる単細胞動物がたくさん棲んでおり、亜熱帯や熱帯、とりわけサンゴ礁の浅い海では、最大直径13cmにもなる。有孔虫は3億4千万年前に出現したが、ギザのピラミッドの石材にはこの有孔虫が集まって出来た石灰岩が使われている。今日でも、サンゴ礁でつくられる石灰質の砂粒の大部分は、有孔虫が作ったものである。大型有孔虫は渦鞭毛藻などの藻類を共生させている。そのため、殻は温室としての役目を果している。一方で、海底では、波浪など水の動きに抵抗して生きてゆかねばならない。そこで、共生藻をうまく飼育し、しかも環境要因にも適応した様々な形・構造の殻が作られる。つまり、大形有孔虫は、温室の建築士であり、共生する藻類を栽培する庭師ともいえる。このような有孔虫について、多様で美しい姿を多くのスライドで示しながら紹介された。

第9回「ランビルの森 -熱帯雨林の生物学-」スピーカー:永益 英敏先生(京都大学総合博物館・助教授)、平成15年5月31日(土)

鬱蒼と繁る密林には高さ 50-70メートルにもなる超高木がそびえ,森林は何層もの複雑な階層構造をもち、わずか100メートル四方の空間に500種類もの樹木がひしめきあっているところさえある。このような熱帯雨林の生態について、ボルネオ島のランビル丘陵での調査を中心に紹介いただいた。とりわけ、東南アジアの熱帯雨林では,数年に一度,多数の樹木が花をつけ結実する一斉開花という現象が知られているが、なぜ,どのように起こるのか,まだよくわかっていない。この現象に焦点をあて,その解明をめざして10年以上にわたって継続されている研究などについて多数のスライドを使って解説いただいた。

第10回「化学の目で見た生態系-アリの社会と熱帯雨林生物共生系を中心にー」スピーカー:山岡亮平先生(京都工芸繊維大学応用生物学科教授)平成15年9月27日(土)

昆虫は、様々な化学物質をつくり、触角で化学物質を感知して生き、また、化学物質をたよりに様々な生き物と共生している。このような昆虫達の触角を通して見た、情報化学物質によって彩られた異次元の”ケミカルワンダーランド”についてお話しいただいた。地球上の動物個体数の1/10を占めるといわれるアリの繁栄の秘密は、化学物質に対する触角の検知識別機能を発達させ、昼間だけでなく夜間でも採餌活動が行えるようになったこと、さらにフェロモンなどの情報化学物質を生合成、分泌し仲間同士のケミカルコミュニケーションネットワーク(化学情報社会)を作り上げたことが理由であると紹介された。また、「1997年9月にランビル山での飛行機事故により帰らぬ人となってしまった、大切な友人、熱帯生態学者故井上民二君(当時京都大学生態学研究センター教授)」の言を借りれば、「このあたりの熱帯雨林には地球上の生物進化1億年の歴史が残っている」が、その例として、”アリをガードマンとして雇うゴキブリ”、”行軍シロアリの対グンタイアリ防御法”など共生や共進化のお話しをいただいた。