平成16年春季企画展によせて

はじめに
総合博物館では,平成16年6月2日より8月29日まで企画展「森と里と海のつながり-京大フィールド研の挑戦-」を開催している。
フィールド研(正式名称:京都大学フィールド科学教育研究センター,田中克センター長)は水産実験所,演習林,臨海実験所などが学部横断的に結集し,京大の伝統であるフィールドサイエンスの一大拠点として平成15年4月に発足した。
陸・海を網羅する人材・施設を擁する強みを生かし,新たな統合科学として「森里海連環学」を創生し,地球規模の環境問題を包括的に解決する21世紀のパラダイムを 構築するという壮大なミッションを掲げる。今回の企画展はこの課題に正面から取り組んだものである。なお,展示工事は,伏見工芸があたり,石橋氏を中心とするチームが精力的に作業してくれた。

展示のテーマ
展示は,森,里,海の3つのコーナーに大別され,それぞれ興味深い展示が展開されている。たとえば,海のコーナーには清浄な浜でしかみられない鳴き砂の分布域が減少したことを紹介するパネルが,鳴き砂とともに展示されている。森のコーナーには,猛禽類の食べかす(ペリット)中から見つかった多数の小型鳥獣の骨格が展示されている。これを見れば,猛禽類を支えるためには多数の鳥獣の存在が不可欠であり,その鳥獣を支えるためには,森の生態系が健全でなければいけないことに納得がゆく。
また,森・里・海の「つながり」を示す試みも随所に見られる。たとえば森と海のつながりについて,「魚付き林」が紹介されている。豊かな漁場の後背地には豊かな植生があることは,漁業関係者の間では常識で,魚付き林と呼ばれ古来大切にされてきた。さらに,近年漁業関係者が植林によって漁獲量の回復に成功している実例がいくつもある。ただし,森と海は,別々の分野で研究されてきたため魚付き林を科学的に解明した例はほとんどないらしい。展示ではこのような経験則についてもターゲットとしてとりあげ,総合的に科学しようとしているフィールド研の姿勢が示されている。

本展示企画制作
大学博物館における情報発信の一環として,高度な内容を担保しながら一般の来館者の方々に楽しくわかりやすい展示を目指し,次のような点に留意して準備を進めた。

1)テーマの絞り込み
まず,森・里・海の連環をわかりやすく表すためのトピックの絞り込みを行うとともに,トピックを端的に表現する展示物の選定を行った。その結果,パネルの数は従来よりも精選された。さらにパネルに盛り込む内容は,入館者が立って読むのに拒否反応がでないようになるべく短く平易な文章を心がけた。各パネルについて担当された先生方から出てきた原稿について,とりまとめの竹内典之教授が中心となって文体の統一や難解と思われる箇所をチェックしていただき,担当の先生にフィードバックをかけていただくことを繰り返して改良を重ねた。原稿のとりまとめを教官が行うことで,パネル作成のために業者が取材する必要がなくなり,人件費を節約する効果もあった。

2)貴重な資料の大々的な展示
北海道から山口県に展開する施設で特色ある研究・資料収集活動が行われている強みを生かし,資料をできるだけ多く展示することとした。北海道からはクマタカの剥製とフクロウのペリット,間伐材を使って開発された「木ロウソク」などが出品されている。研究林からは,直径1.5m,樹齢1000年を超えるタイワンヒノキをはじめとする多くの木材断面標本や,直径数十センチ長さ4メートルの樹幹標本5本(これら巨木の輸送はすべて芦生の演習林の技術職員の皆さんの労働奉仕によって実現した),白浜の臨海実験所からは旧蔵(現在は博物館収蔵)の長さ2mのイワシクジラ頭骨が出陳されている。熊野養蜂で今も使われている木の幹をくりぬいた蜂の巣箱をはじめとする南紀の農林水産業関連の民具コレクションも飾られており,館の入り口や会場への階段には畳何畳敷きもの大きさの大漁旗が翻っている。さらには,舞鶴湾,白浜,由良川の魚や無脊椎動物が水槽に飼育されているのも見られる。フィールド研の収集活動の幅広さと,研究コンセプトの奥行きの深さを如実に示したこれらの盛りだくさんの展示品は,とりわけ来館者から大変な評判を得ている。

3)展示と関連した行事
 今回の企画展示では,ものやパネルによる展示に加え,フィールド研の先生方が一般来館者向けに,ほぼ毎週末の土曜日にレクチャーと案内をセットにした催しを開催してくださることとなった。すでに第一回目が竹内典之先生により,レクチャー「日本人と森」と展示ガイドを組み合わせて開催された。午前午後2回にわたり延べ70名近くの参加者が熱心に受講された。
また,展示とリンクさせてフィールド研の目指す「森里海連環学」を広く一般の方々にも知っていただくため,7月17日(土)と24日(土)の両日13時30分より「森と里と海のつながり-“心に森を築く”」時計台対話集会が企画されている。会場は京都大学百周年時計台記念館百周年記念ホールである。7月17日(土)には作家で,アファンの森財団代表のC.W.ニコル氏による「 森を築いて海を思う 」の講演がある。また,7月24日(土)には,気仙沼で牡蠣を育てるために植林運動を実践されている畠山重篤氏(牡蠣の森を慕う会代表),国際日本文化研究センター教授安田喜憲氏,海洋政策研究所長寺島紘士氏,フィールド研の田中克教授,梅本信也助手などによる海・里・森の連関についてそれぞれの専門の立場からの講演が予定されている。


4)展示を一過性に終わらせない
企画展示では,とりわけ,パネルの制作にあたって担当の先生方に多大な労力をおかけすることとなる。しかも,用意していただいた文章や写真はパネルに押し込めるために徹底的に切り刻まれることとなる。さらに,展示は期間限定のものである。今回の企画展に関しては,せっかくの先生方の尽力を一過性でないものとするために,パネルに盛りきれなかった内容を編集し,書籍として出版することとなり鋭意準備中である。展示と密接に関連した書籍を出版・販売することで,従来から観覧者より要望の強かったカタログの販売という課題も同時に解消できる運びとなった。

5)足で稼ぐ広報活動
企画展示は,担当の先生方にとっても,それを支える事務職員・技術職員にとっても多大な負担のかかる事業である。ならば,せっかくの努力の成果を多くの人たちに見てもらいたい。この気持ちを強くもたれたフィールド研と総合博物館の教職員が手分けして近隣の団地へのビラの全戸配布,小中学校,修学旅行生の宿泊する宿などへのビラの配布などをしていただいている。また,博物館でも京都大学記者クラブ加盟の報道関係者への情報提供,また館のファンの方々へのご案内などを通じて入場者の獲得に努力しているところである。本記事を読まれた諸賢もぜひ周囲の方々にこの展示をご紹介いただきたく思う。

6)つながりで広がる展示の輪
今回の展示や展示とリンクした催しには,多くの学外関係者からご協力いただいている。たとえば,リサイクルを象徴するものとして使用済みの割り箸を使った海の生き物の彫刻を多数展示しているが,これは,千葉在住のアマチュアの彫刻家小池正孝氏の作品群である。氏は,割り箸を接着剤でつないで集成材をつくり,そこから生き生きとした生き物を彫り出されている。中でもタコを彫ったものは,足の曲線の見事さに来館者から感嘆の声が発せられている。今回は,氏のご好意により,会期中4回,延べ13日にわたって会場内で彫像制作の実演をしていただいており,来館者の人気の的となっている。このようにして,学外からも様々な協力をいただきながら作り上げられたのがこの企画展である。

7)新機軸の展示という意気込み
筆者が博物館側の主担に任ぜられた企画展について紹介させていただいた。一般向けに展示を公開して3年を迎える総合博物館は,大学の社会に開かれた窓口として研究・教育の成果をわかりやすく,楽しく,しかも大学としてのレベルと矜持を保ちながら紹介してゆく場である。折しも今年4月より京都大学は法人化され,従来にもまして社会への貢献が要求されており,総合博物館の大学の窓口としての役割は従来にもまして重要なこととなっている。一方で,予算処置を始め,このような活動を取り巻く環境は厳しいものがある。
このような情勢の素で,今回の企画展にあたっては,法人化後第1回にふさわしい新機軸の展示を世に問いたいとの心意気をもってフィールド研と博物館の教員・事務職員・技術職員が皆で知恵を出し合って観覧者に満足していただける展示の制作にあたった。また,展示を単に一過性で終わらせることのないように,関連した様々な催しを計画し,展示内容を詳しく解説した書籍の出版も実現させつつある。さらに,経費節減のため,パネルの制作,展示品の制作・選定・輸送,広報活動のあらゆる局面に,多くの人たちが汗を流しつつ手弁当で深く携わることとなり,同じ経験を共有する中で連帯意識も深まった。
しかし,客観的にみれば,「パネルは簡便に,盛り込めない内容は書籍に,実物資料を通じて感動を,研究者が直接語りかけて正しく楽しい情報提供を,展示と関連した催し物でより深い理解を,広報は汗してがんばれ」という企画展示にとってのごく基本的なイロハを愚直に実践したにすぎないのかも知れない。愚直な我々の展示が観覧者にどの程度受け入れていただけるのか,開催期間中に多くの諸賢が来館されご判断いただければ大変幸せである。
(京都大学総合博物館情報発信系教授・大野照文)