平成16年秋季企画展によせて

はじめに
 総合博物館では平成16年の秋季企画展として9月29日から12月26日まで、「新世紀を創る-京都大学の工学と貴重技術史資料-」を開催している。平成 9年の総合博物館発足以来、技術史系の企画展示として、平成10年の春季企画展「福井謙一博士-その人と学問-」、及び平成14年秋季企画展の「近代日本を拓いた物理実験機器-三高コレクションと物理学教科書から探る-」が行われているが、それらはいわば工学の一分野であり、工学部全体が主体となって行うのは今回が初めてである。企画展実行委員長の高橋康夫教授(建築学専攻)の周到で綿密な計画のもとに本企画展は実施された。なお、パネル作製等の実際的作業は京都科学が担当した。

技術史資料の重要性
 我が国は明治期に欧米の先進国から近代技術を摂り入れ、やがて独自に技術を発展させ、工業製品を世界に輸出することで現在の経済大国となった。この間の技術的資料を保存し、展示することは単に記録的な意味以上に、我が国が将来にわたって誇りにできる遺産となるはずである。しかしながらこのような認識は必ずしも一般的ではない。たとえば、文化庁の「近代の文化遺産の保存・活用に関する調査研究協力者会議」の報告でも、現代につながる科学技術・産業技術等は, 昭和30年代初頭までにその基礎を持つものが多く, これらに関する歴史資料等については, 未だ文化遺産としての認識が一般化していないことにより,滅失の危険が大きい、と指摘している。本企画展が技術史資料についての認識が広まるきっかけとなれば幸いである。

展示資料は工学の一部分
 ところで京都大学工学部には、地球工学科、建築学科、物理工学科、情報学科、電気電子工学科、工業化学科があり、工学のほとんど全ての分野にわたっている。そして技術史資料も各部署で保存されている。本企画展でこれら全ての分野を網羅することはスペース的にも現実には不可能に近い。
そこで、まずは、従来から技術史資料が展示室において展示されている部署、あるいは公には展示されていなくても資料があることが分かっているような部署を中心に行うことになった。企画展示はこれからも行われるので、最初はそのような部署を中心にして始め、展示方法などに慣れてきたら、徐々に他の部署にも中心になって展示を行ってもらうのが自然な方法であるという考えからである。いずれにせよ、1回の企画展で展示できるのは工学部全分野の限られた部分になることはやむを得ない。

企画展の三本柱
 博物館でいかに重要な展示がなされようとも、それを見に来る人がいなければ意味がない。たくさんの人が見に来てくれてこそ、展示は意味を持つ。このことを考えるとき展示実績の浅い技術史資料の展示は必ずしも有利ではない。そのため観覧者の増加を期待し、以下のような3種類の展示を柱にすることが企画された。

(1) 貴重技術史資料の展示
 京都大学が明治30年に創立されて最初に設置された学科が土木学科と機械工学科であるように、工学部は長い歴史をもっている。しかもその歴史は我が国が近代科学技術国家になった過程とダブる。特に大学創設間もない頃に教育や研究の過程で購入されたり製作されたりしたものは他の大学にはないと考えられ、京都大学のみならず、我が国にとっての技術史遺産ということができる。なお、以下の例は工学部に保存されている資料であり、本企画展で展示されていない資料も含まれている。

(例) 帝国ホテル模型、合成石油試料、約100年前に購入された機械メカニズム模型、木製蒸気機関車模型、学科創設時の卒業論文、開発初期の計算機、ノーベル賞メダル、など。


京都御所で展覧に付された合成石油資料

(2) 先端技術や未来の技術の展示
 現在の先端技術や、将来、実用化されることが予想される(開発中の)技術を展示している。普段は目にすることがないこれらの実物を若い世代が見て将来の夢を膨らませ、技術立国日本を支えてくれるようにとの期待が込められている。

(例) リニアモーターカーの超伝導磁石、中が見える燃料電池車、音声認識ロボット、実際の巨大橋梁建造に当たって研究のために作られた実物模型、白色発光ダイ オードによる照明、等。


複数の話者の声を聞き分ける音声認識ロボット

(3) 不思議な現象を示すおもちゃの展示・実演

 単純ながら不思議な現象を示すおもちゃがたくさん展示されている。これらは牧野俊郎教授(機械物理工学専攻)によって収集されたものであり、物理科学的説明はともかく、大人も子どもも単純に遊べる。遊びながら「なぜだろう?」と誰もが一度は考えようとする。毎土曜日には牧野教授や学生が実演指導している。

(例) 水飲み鳥、倒立ゴマなどの種々のコマ、スターリングエンジン、ヒートポンプ、超伝導磁気浮上、ペットボトル噴水、長安の徳利、ふく射風車等、多数。


水飲み鳥とミニ蒸気機関車

展示は以上の3つを基本にしているが、これら以外にも面白い企画がある。

漫画日記
 「どの展示が一番印象に残りましたか?」、「一番面白かったと思う体験おもちゃは?」などのアンケートに答えていくと、最後に自分の観覧日記が完成し、プリントアウトして持ち帰ることができる。インターネットで擬似体験することもできる。

http://www.comicdiary.com

長方形詰め込みパズル
 できるだけ隙間なく寸法の違う長方形を枠の中に詰めるようにする木製の詰め込みパズルが展示してある。その側にパソコンがあり、クリックすると膨大な組合わせがある中で「レク太君」が適切な答えを示してくれる(ただし最善とは限らない)。


「レク太君」の解答途中経過

展示配置
 本企画展示場には中央におもちゃのコーナーがあり、その周囲に各分野のコーナーがあるというユニークな配置になっている。実は、このコーナーに環状的に工学の原理的なおもちゃを配置し、それに関連する分野の展示を放射状に配置し、おもちゃから自然に関連の工学へつながるようにする、というのが最初の目論見であった。おもちゃと各分野とはかならずしも繋がらなかったが、実際にはおもちゃコーナーは大変人気があり、結果としてこれでよかったのであろう。

本企画展は大人向けの展示ばかりではなく、若い世代にも見てもらうことを特に意識して企画された。詳しい原理は分からなくても、不思議おもちゃや(近)未来技術が若い世代の知的好奇心を刺激し、それが将来、技術立国日本を支える原動力になれば、この企画展は成功であると考えている。

(総合博物館助教授 城下荘平)