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第2回公開講座の記録(1997年11-12月)

野外調査と博物館

- フィールドから考える -


11月22日(土):山と古代人
                     吉川真司(総合博物館助教授)

 天平勝宝8歳(756)に描かれた東大寺山堺四至図は、東大寺伽藍地のみならず、春日山一帯の人文環境を物語る重要な史料である。春日山には数多くの山林寺院が建立されたが、それは毛原廃寺・神野寺・笠置寺・塔の森など、大和高原に広がる山林寺院ネットワークの一環であった。平城京時代にはこのように大和高原北部の利用が進んだが、古く飛鳥・藤原京時代には吉野~竜門山塊が中心であり、やがて平安遷都とともに山林寺院群も北に移動した。山林寺院と都城・官大寺には密接な関係があったと考えられる。
 山林寺院は官大寺僧の修行に不可欠な存在であったが、立地を個々に検討してみると、純粋な浄域に創建されたのではないことがわかる。材木・岩石・薪炭の採取や、都城を核とする道路敷設など、開発とともに寺院が建立される場合が多いのである。文明化にともなう山林開発は、山林寺院と不可分のものであった。奈良時代山林寺院の研究は緒についたばかりだが、古代人の山林観・山岳観を知る上で、それは貴重な視点となるだろう。


11月29日(土):アフリカの森と焼畑農耕─「辺境」から世界を考える─
                     佐藤廉也(総合博物館助手)

 「焼畑」ということばは、森林火災などのトピックとともに近年マスコミなどにも頻繁に登場するようになった。しかし実際にはこれらは、例えば商品作物のプランテーションのための火入れ地拵えなどを「焼畑」と称していることが多く、休閑による植生回復を前提とする本来の焼畑農耕とは全く別のカテゴリーに属する経済活動である。在来技術を継承しつつ現在も熱帯地方で営まれる本来の焼畑農耕とは、それではどのような技術、経済、環境利用のシステムによって成り立っているのか。アフリカの森で焼畑を営む人々は、焼畑を食糧生産の第一の手段としながらも、実際にはありとあらゆる側面で森林資源を利用しつつ暮らしをたてている。このために、人々は自らの財産である森林環境を破壊から守るような、循環的な環境利用体系を必然的にとっているのである。こうした在来の知恵を深く具体的に理解することによって、私たちもまた、理想論に終わることのない未来の世界像を学ぶことができるのではないだろうか。


12月6日(土):トチノキの花咲く森で - 芦生における虫と花との共生 -
                     角谷岳彦(総合博物館助手)

 一つの地域を考えた場合、そこに棲む訪花昆虫と、そこに生える虫媒性の植物の間には長い共進化の結果として成立した巧妙な共生関係が成立している。とりわけ、原生林内では興味深い共生関係が見られることが多い。
 京都、滋賀、福井の3府県境に接した京都府のはずれに、京都大学が演習林を有する芦生の原生林がある。そこは、ブナやスギを主体とした林で、沢沿いには、トチノキなどが花咲く。この原生林内における訪花昆虫と花の共生関係を進化生態学的に概説しつつ、芦生の森のすばらしさを語った。
 進化は、特定の意志主体によって善なる方向へ向かう物ではなく、より多くの子孫を残す遺伝的性質が広がりやすいことによって起こる世代を越えた変化にすぎない。しかし、長い共生的共進化の歴史はあたかも統一的意志によるかのごとき「生活史戦略」を生み出す。
 たとえば、トチノキは、巧みな花蜜の分泌パターンによって、花粉媒介昆虫であるマルハナバチ類の蜜利用効率を高め、この花を訪れるマルハナバチ類は高い訪花一貫性を示し、確実に花粉を運ぶ。


12月13日(土):未知の植物を求めて
                     永益英敏(総合博物館助教授)

 古来多くの人々が新たな植物を求めて世界中を旅してきた。植物自身のもつ魅力もさることながら,新たな植物の発見は薬用・食用・園芸など商業的にも重要だったのである。
 ヨーロッパと同じ温帯に属し豊かな植物相を誇る日本は,古くから多くの植物学者の注目を集めてきた。江戸時代のケンペル,チュンベリー,シーボルトに始まり,日本を訪れた植物学者,園芸業者,植物採集家などのプラントハンターはかなりの数に上る。
 明治時代になって来日したフランス人宣教師フォーリーは日本,朝鮮,樺太,台湾で膨大な数の標本を採集した。彼の死後,残された標本は篤志家岡崎忠男氏が遺族から購入し,まとまったかたちで京都大学に寄贈された。この標本は東アジア地域の植物を研究するうえで不可欠な標本として今でもその重要さを失っていない。
 地球上の多くの生物が絶滅の危機に瀕している現在,新たな植物の探求は世界中で活発に行われている。化学成分や遺伝子資源としての重要性も認識され,大規模な調査がすすめられている。