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ニュースレター

No.18(2004年7月26日発行)

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平成16年春季企画展

「森と里と海のつながり-京大フィールド研の挑戦-」
期間 平成16年6月2日(水)~8月29日(日)
(月・火曜日休館)
開館時間 午前9時30分~午後4時30分
(入館は午後4時まで)
会場 京都大学総合博物館 南館2階 第2企画展示室

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平成16年春季企画展関連イベント

月日 曜日 イベント 講演者
6月2~4日 水~金 実演 割り箸細工 小池正孝
6月5日 レクチャー18&ガイド
日本人と森
竹内典之
6月24~26日 木~土 実演
割り箸細工
小池正孝
7月10日 レクチャー19&ガイド
森林生態系のしくみ-水土保全機能について
徳地直子
7月23~25日 金~日 実演
割り箸細工
小池正孝
7月31日 レクチャー20&ガイド
魚の赤ちゃんの大冒険
田川正朋
8月7日 レクチャー21&ガイド
森からの宅配便
芝 正己
8月14日 レクチャー22&ガイド
若狭の海の水中散歩
益田玲爾
8月21日 レクチャー23&ガイド
無用の用”自然?環境?森の働き?”
中島 皇
8月26~29日 木~日 実演
割り箸細工
小池正孝
レクチャー&ガイド

1日2回講演 10:30~12:00,14:00~15:30

申込締切 各回とも開催日の1週間前までに申し込み。
会場 京都大学総合博物館 (京都市左京区吉田本町)
対象 主に高校生~熟年の方を対象。小学生高学年以上は参加可。(小学生の場合には保護者同伴)
定員 40名(希望者多数の場合は抽選)
受講料 無料ですが博物館への入場料は必要です。(大人400円,大学生・高校生300円,中学生・小学生200円,小児・70才以上であることの証明をお持ちの方は,無料)。
申込方法 官製往復はがきに参加希望者の住所・電話番号・e-mailアドレス(あれば記入)・氏名・年齢・小学生の場合は付き添い者の氏名・午前か午後の希望を記して下記宛先に郵送してください。返信用はがきには返信用宛名を書いておいてください。
公開講座
「森と里と海のつながり」

京都大学百周年時計台記念館2階国際交流ホールIII(6月26日のみ京都大学総合博物館2階セミナー室)にて開催。

6月12日(土)10:00~12:30「日本の森林は今」
京都大学フィールド科学教育研究センター教授竹内典之
6月19日(土)10:00~12:30「海の中の弱肉強食」
京都大学フィールド科学教育研究センター舞鶴水産実験所教授 山下洋
6月26日(土)10:00~12:30「宝の海から」
京都大学フィールド科学教育研究センター瀬戸臨海実験所助教授 久保田信
7月3日(土)10:00~12:30「日本海文化と黒潮文化」
京都大学フィールド科学教育研究センター舞鶴水産実験所助手 上野正博
京都大学フィールド科学教育研究センター紀伊大島実験所助手 梅本信也
その他
8月25日(水)~8月29日(日)
夏休み学習教室、企画展示「森と里と海のつながり」ガイドツアー
問い合わせ先
事業掛
電話番号
075-753-3272/FAX:075-753-3277
締め切り
平成16年8月13日(金)

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平成16年春季企画展によせて

はじめに

総合博物館では,平成16年6月2日より8月29日まで企画展「森と里と海のつながり-京大フィールド研の挑戦-」を開催している。フィールド研(正式名称:京都大学フィールド科学教育研究センター,田中克センター長)は水産実験所,演習林,臨海実験所などが学部横断的に結集し,京大の伝統であるフィールドサイエンスの一大拠点として平成15年4月に発足した。

陸・海を網羅する人材・施設を擁する強みを生かし,新たな統合科学として「森里海連環学」を創生し,地球規模の環境問題を包括的に解決する21世紀のパラダイムを構築するという壮大なミッションを掲げる。今回の企画展はこの課題に正面から取り組んだものである。なお,展示工事は,伏見工芸があたり,石橋氏を中心とするチームが精力的に作業してくれた。

展示のテーマ

展示は,森,里,海の3つのコーナーに大別され,それぞれ興味深い展示が展開されている。たとえば,海のコーナーには清浄な浜でしかみられない鳴き砂の分布域が減少したことを紹介するパネルが,鳴き砂とともに展示されている。森のコーナーには,猛禽類の食べかす(ペリット)中から見つかった多数の小型鳥獣の骨格が展示されている。これを見れば,猛禽類を支えるためには多数の鳥獣の存在が不可欠であり,その鳥獣を支えるためには,森の生態系が健全でなければいけないことに納得がゆく。

また,森・里・海の「つながり」を示す試みも随所に見られる。たとえば森と海のつながりについて,「魚付き林」が紹介されている。豊かな漁場の後背地には豊かな植生があることは,漁業関係者の間では常識で,魚付き林と呼ばれ古来大切にされてきた。さらに,近年漁業関係者が植林によって漁獲量の回復に成功している実例がいくつもある。ただし,森と海は,別々の分野で研究されてきたため魚付き林を科学的に解明した例はほとんどないらしい。展示ではこのような経験則についてもターゲットとしてとりあげ,総合的に科学しようとしているフィールド研の姿勢が示されている。

本展示企画制作

大学博物館における情報発信の一環として,高度な内容を担保しながら一般の来館者の方々に楽しくわかりやすい展示を目指し,次のような点に留意して準備を進めた。

1)テーマの絞り込み

まず,森・里・海の連環をわかりやすく表すためのトピックの絞り込みを行うとともに,トピックを端的に表現する展示物の選定を行った。その結果,パネルの数は従来よりも精選された。さらにパネルに盛り込む内容は,入館者が立って読むのに拒否反応がでないようになるべく短く平易な文章を心がけた。各パネルについて担当された先生方から出てきた原稿について,とりまとめの竹内典之教授が中心となって文体の統一や難解と思われる箇所をチェックしていただき,担当の先生にフィードバックをかけていただくことを繰り返して改良を重ねた。原稿のとりまとめを教官が行うことで,パネル作成のために業者が取材する必要がなくなり,人件費を節約する効果もあった。

2)貴重な資料の大々的な展示

北海道から山口県に展開する施設で特色ある研究・資料収集活動が行われている強みを生かし,資料をできるだけ多く展示することとした。北海道からはクマタカの剥製とフクロウのペリット,間伐材を使って開発された「木ロウソク」などが出品されている。研究林からは,直径1.5m,樹齢1000年を超えるタイワンヒノキをはじめとする多くの木材断面標本や,直径数十センチ長さ4メートルの樹幹標本5本(これら巨木の輸送はすべて芦生の演習林の技術職員の皆さんの労働奉仕によって実現した),白浜の臨海実験所からは旧蔵(現在は博物館収蔵)の長さ2mのイワシクジラ頭骨が出陳されている。熊野養蜂で今も使われている木の幹をくりぬいた蜂の巣箱をはじめとする南紀の農林水産業関連の民具コレクションも飾られており,館の入り口や会場への階段には畳何畳敷きもの大きさの大漁旗が翻っている。さらには,舞鶴湾,白浜,由良川の魚や無脊椎動物が水槽に飼育されているのも見られる。フィールド研の収集活動の幅広さと,研究コンセプトの奥行きの深さを如実に示したこれらの盛りだくさんの展示品は,とりわけ来館者から大変な評判を得ている。

3)展示と関連した行事

今回の企画展示では,ものやパネルによる展示に加え,フィールド研の先生方が一般来館者向けに,ほぼ毎週末の土曜日にレクチャーと案内をセットにした催しを開催してくださることとなった。すでに第一回目が竹内典之先生により,レクチャー「日本人と森」と展示ガイドを組み合わせて開催された。午前午後2回にわたり延べ70名近くの参加者が熱心に受講された。

また,展示とリンクさせてフィールド研の目指す「森里海連環学」を広く一般の方々にも知っていただくため,7月17日(土)と24日(土)の両日13時30分より「森と里と海のつながり-“心に森を築く”」時計台対話集会が企画されている。会場は京都大学百周年時計台記念館百周年記念ホールである。7月17日(土)には作家で,アファンの森財団代表のC.W.ニコル氏による「森を築いて海を思う」の講演がある。また,7月24日(土)には,気仙沼で牡蠣を育てるために植林運動を実践されている畠山重篤氏(牡蠣の森を慕う会代表),国際日本文化研究センター教授安田喜憲氏,海洋政策研究所長寺島紘士氏,フィールド研の田中克教授,梅本信也助手などによる海・里・森の連関についてそれぞれの専門の立場からの講演が予定されている。

写真:レクチャー「日本人と森」の展示ガイドの様子。

4)展示を一過性に終わらせない

企画展示では,とりわけ,パネルの制作にあたって担当の先生方に多大な労力をおかけすることとなる。しかも,用意していただいた文章や写真はパネルに押し込めるために徹底的に切り刻まれることとなる。さらに,展示は期間限定のものである。今回の企画展に関しては,せっかくの先生方の尽力を一過性でないものとするために,パネルに盛りきれなかった内容を編集し,書籍として出版することとなり鋭意準備中である。展示と密接に関連した書籍を出版・販売することで,従来から観覧者より要望の強かったカタログの販売という課題も同時に解消できる運びとなった。

5)足で稼ぐ広報活動

企画展示は,担当の先生方にとっても,それを支える事務職員・技術職員にとっても多大な負担のかかる事業である。ならば,せっかくの努力の成果を多くの人たちに見てもらいたい。この気持ちを強くもたれたフィールド研と総合博物館の教職員が手分けして近隣の団地へのビラの全戸配布,小中学校,修学旅行生の宿泊する宿などへのビラの配布などをしていただいている。また,博物館でも京都大学記者クラブ加盟の報道関係者への情報提供,また館のファンの方々へのご案内などを通じて入場者の獲得に努力しているところである。本記事を読まれた諸賢もぜひ周囲の方々にこの展示をご紹介いただきたく思う。

6)つながりで広がる展示の輪

今回の展示や展示とリンクした催しには,多くの学外関係者からご協力いただいている。たとえば,リサイクルを象徴するものとして使用済みの割り箸を使った海の生き物の彫刻を多数展示しているが,これは,千葉在住のアマチュアの彫刻家小池正孝氏の作品群である。氏は,割り箸を接着剤でつないで集成材をつくり,そこから生き生きとした生き物を彫り出されている。中でもタコを彫ったものは,足の曲線の見事さに来館者から感嘆の声が発せられている。今回は,氏のご好意により,会期中4回,延べ13日にわたって会場内で彫像制作の実演をしていただいており,来館者の人気の的となっている。このようにして,学外からも様々な協力をいただきながら作り上げられたのがこの企画展である。

7)新機軸の展示という意気込み

筆者が博物館側の主担に任ぜられた企画展について紹介させていただいた。一般向けに展示を公開して3年を迎える総合博物館は,大学の社会に開かれた窓口として研究・教育の成果をわかりやすく,楽しく,しかも大学としてのレベルと矜持を保ちながら紹介してゆく場である。折しも今年4月より京都大学は法人化され,従来にもまして社会への貢献が要求されており,総合博物館の大学の窓口としての役割は従来にもまして重要なこととなっている。一方で,予算処置を始め,このような活動を取り巻く環境は厳しいものがある。

このような情勢の素で,今回の企画展にあたっては,法人化後第1回にふさわしい新機軸の展示を世に問いたいとの心意気をもってフィールド研と博物館の教員・事務職員・技術職員が皆で知恵を出し合って観覧者に満足していただける展示の制作にあたった。また,展示を単に一過性で終わらせることのないように,関連した様々な催しを計画し,展示内容を詳しく解説した書籍の出版も実現させつつある。さらに,経費節減のため,パネルの制作,展示品の制作・選定・輸送,広報活動のあらゆる局面に,多くの人たちが汗を流しつつ手弁当で深く携わることとなり,同じ経験を共有する中で連帯意識も深まった。

しかし,客観的にみれば,「パネルは簡便に,盛り込めない内容は書籍に,実物資料を通じて感動を,研究者が直接語りかけて正しく楽しい情報提供を,展示と関連した催し物でより深い理解を,広報は汗してがんばれ」という企画展示にとってのごく基本的なイロハを愚直に実践したにすぎないのかも知れない。愚直な我々の展示が観覧者にどの程度受け入れていただけるのか,開催期間中に多くの諸賢が来館されご判断いただければ大変幸せである。

(京都大学総合博物館情報発信系教授・大野照文)

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【公開講座】総合博物館レクチャー・シリーズ

第15回「マダガスカルの爬虫類とその多様性」

疋田努先生(京都大学大学院理学研究科・助教授)

平成16年2月8日(土曜日)

疋田努先生は,京都大学大学院理学研究科で爬虫類の分類学・系統学・生物地理学の研究をされています。爬虫類をつかまえる名人と異名を取るほど野外での調査経験を豊富にお持ちです。最近では,ご自身の研究成果も含めて「爬虫類の進化」という著書を東京大学出版会から出されています。

マダガスカル島は世界で第4番目の大きな島で,その面積は日本の約1.6倍にあたります。インド洋上にあり,もっとも近い大陸であるアフリカとはモザンビーク海峡で約400km隔てられているだけですが,その生物相はアフリカとは非常に違っています。この島はジュラ紀の中期,約1億6千万年前に,南のゴンドワナ大陸が,分裂した際に,インドとともにアフリカや南アメリカから分離したと考えられている非常に古い島なのです。このためマダガスカル島では,多くの生物が独自の進化を遂げています。哺乳類ではキツネザル類やテンレック類,鳥類ではオオハシモズ類が有名です。爬虫類では,カメレオン類や昼行性のヒルヤモリ類が多様化しており,ブキオトカゲ類やオビトカゲ類など独自のグループが分布しています。奇妙なことにアフリカには分布しない南アメリカと共通のボア類やヨコクビガメ類も生息しています。マダガスカルの自然とそこに生息する爬虫類を紹介しながら,マダガスカルの爬虫類の分類・系統学研究について紹介いただきました。

写真:カメレオン

第16回「京都大学の所蔵する鉱物標本の整理・登録とデータベース作成まで」

豊 遙秋先生(独立行政法人産業技術総合研究所地質調査総合センター地質標本館前館長)

平成16年3月27日(土曜日)

京都大学総合博物館には,スペースの都合から皆さんに見ていただくことの出来ない貴重なコレクションが沢山あります。日本産を中心とする鉱物標本類もその一つです。そこで,今回は,鉱物学の第一人者であり,また全国日本産鉱物コレクションの整理・登録に尽力されておられる豊(ぶんの)先生に鉱物のお話をお願いしました。

鉱物に限らず,学術標本資料は,整理・登録が行き届いてはじめて,研究や展示に利用できます。なお,レクチャー当日京大の鉱物標本コレクションの一部を特別公開しました。展示にあたっては,財団法人益富地学会館の藤原卓氏の協力をいただきました。

大学博物館は大学の行っている研究成果を社会に発信する役割を持っている事は言うまでもありません。特に自然科学分野における標本の存在は大きく,地球科学における膨大な岩石・鉱物・化石などの地質標本は成果の一部として博物館や大学の研究室に蓄積されています。また大学が地球科学分野の教育と研究を開始すると同時に教材として購入された大量の地質標本はきわめて質の高いコレクションとして,100年近い歴史を持つものもあります。これまでに東京大学,京都大学,秋田大学,大阪大学などの大学博物館の鉱物標本のデータベース作成に関わってこられましたが,これに含まれる情報として次のような項目を含むデータカードの作成を行っています。即ち,一つの標本に対して,登録番号,分類,鉱物名,産地,産状(成因),簡単な標本の記載,採集者,寄贈者,など多岐に亘り標本を見る為の参考になるよう留意されてこられました。このようなご経験から,京大の標本のすばらしさを紹介していただくとともに,まだ十分では無い台帳づくりを急ぐ必要性も述べていただきました。

写真:公開した京大の鉱物標本コレクション

第17回「琉球列島の化石鳥類相の研究-化石から探る,生態系の過去・現在・未来-」

松岡 廣繁先生(京都大学大学院理学研究科・地質学鉱物学教室 助手)

平成16年4月24日(土曜日)

今回は,鳥類化石の専門家である松岡廣繁先生に,沖縄特有の鳥の仲間の先史時代の様子についてご講演いただきました。鳥の分布を手がかりに鳥が住むことのできた森林の生態系にまで迫ろうとする意欲的なお話です。

琉球列島,とくに沖縄島のヤンバルや奄美大島には,多くの固有種が生息する森林が存在します。その成立・変遷史を解明するため,3万~1万数千年前(最終氷期極相期頃)の化石を調べたところ,ヤンバルクイナ・ノグチゲラ・アマミヤマシギ・オオトラツグミ・ルリカケスなどの,ヤンバルまたは奄美諸島に生息するすべての固有種が,かつては沖縄島の南部まで生息したことが判明しました。また,オオトラツグミとアマミヤマシギは,現在まったく記録のない宮古島からも発見されたのです。かつては,中部琉球全体はもちろん一部宮古諸島にまで,現在のヤンバルと奄美を合わせた均質性を持つ,固有度の高い鳥類相が広がっていたと考えられます。これらの鳥の多くは森からでることがありません。どうやら,森林の減少が鳥類相の衰退をもたらしたようです。鳥の保全のためにも森林保全が重要であることを3万年の歴史を通じて学ぶことのできた講演でした。

第18回「日本人と森」(総合博物館・フィールド研共同企画)

竹内典之先生(フィールド科学教育研究センター教授)

平成16年6月5日(土曜日)

総合博物館では,平成16年6月2日(水)~8月29日(日)にかけて「森は海の恋人」の世界へのいざないと名付けた企画展示を開催中です。日本人の心のふるさとである巨木がたたずむ豊かな森,アユが踊る清流の里,生命あふれる渚の満ち干。私達日本人の心のふるさとは,どこへ行ってしまったのでしょう。森と里と海のつながりは,日本と世界の未来の子供達の財産です。平成15年4月に発足したフィールド科学教育研究センターは,森と里と海のつながりを再生させる新たな科学の誕生に挑戦しています。その姿を数多くの展示品を交えてわかりやすく展示したのが今回の企画展です。期間中フィールド研の先生方が展示関連の講演と展示会場の案内をしてくださいます。その第一弾として竹内先生に講演と展示解説をしていただきました。竹内先生は,森林資源の持続的な管理理論の研究等を通じて手入れされなくなって劣化の著しい日本の人工林・二次林の再生に取り組まれています。

日本人は,常に身の回りにあった森林から燃料,木材,きのこ,木の実,山菜などの恵みを受けてきました。また,加工が容易で性質も優れた木材を,燃料として,建築,造船,家具,器具,道具などの材料として幅広く利用することによって,「木の文化」といわれる日本の文化を育んできました。しかし,輸入材との競争から,針葉樹中心の人工林は手入れが行き届かなくなっているのが現状のようです。質のよい材を,自然と調和的に生産する方法など,先生が携わってこられた研究を中心にお話いただきました。

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【研究ノート】版行地図と読者

今回取り上げたのは,版行地図とその利用者―ここでは広い意味で「読者」としておこう―の関係である。地図内の情報が享受される過程については,いまだ不透明な点も多いのが現状であり,小稿はこの点を考えるための手がかりをつかむ作業である。

江戸時代に版行された地図は,どの程度庶民の手に届いていたのか。この点を知るために,小野田一幸氏の最新の成果をもとに,京都図をはじめとする版行地図の値段を示した(表1)。

表1 林氏吉永版行地図の価格
地図(名称) 元禄9年(1696) 宝永6年(1709) 正徳5年(1715) 備考
1 京之図 6分 6分 6分  
2 同大絵図 1匁3分 3匁3分 4匁3分 新撰増補京大絵図(貞享3)および系統図
3 内裏図 1匁3分 1匁3分 1匁3分  
4 世界之図 5匁 5匁 5匁  
5 同小之図 1匁 1匁 1匁  
6 日本之図 2匁 2匁 2匁 本朝図鑑網目(貞享5・元禄2)
7 江戸図 8分 8分 -  
8 大坂之図 1匁 - - 新撰増補大坂大絵図(貞享4)
9 日光之図 1匁5分 1匁5分 1匁5分  
10 鎌倉之図 8分 8分 8分  
11 伊勢之図 1匁5分 1匁5分 1匁5分  

なお,当時代表的な版元であった林氏吉永の図のみを掲げてある。表のうち,2番目の図(「新撰増補京大絵図」と推定されている)の価格だけが20年間で3倍以上に高騰し,世界図と同等近くにまでなっている。それだけ需要があったからとも考えられるが,正確なところは不明とせざるを得ない。ただ,他の図の値段に全く変化がないことからみても,この図が特別の扱いを受けていたことは明らかである。いずれにせよ,ここでは京都図をはじめ,多くの刊行図が5匁程度までに収まる値段であったことを確認しておきたい。

小野田氏は「大まかな目安」として,正徳4年(1714)における大坂の積登せ商品として米一石(≒140kg)が144.3匁であることや,越後屋京本店の日雇いが1.2匁(正徳3年)であったことを記し,「庶民には容易に手が出せるものではなかった」と述べている。確かに,たかが1枚の地図に日雇い賃と同等もしくはそれ以上の値段を出すことは,それなりの出費であったと思われる。ただし,多少なりとも余裕のある者であれば十分に手の届く範囲の値段であったことも見逃せない。また,いわゆる模写図が数多く現存している状況を考えれば,他の者が購入した図を借り出して閲覧・模写するような行為が頻繁に行われていたことは明らかである。このような点を考えれば,版行地図の読者層はかなり広いと言えるであろう。

地図の読者は,地図とどのような関係を取り結んだのであろうか。筆者は,江戸時代の地図を調査していくなかで,書き込みがなされた図に幾度となく出会ってきた。ここでは京都大学附属図書館に所蔵される林氏吉永版の京都図(大塚コレクション)の中から,そのような例を挙げておく。まず,「新撰増補京大絵図」(1709)には,東洞院通姉小路東入ル付近に朱で二重丸が付されている。この地図の読者が自宅を書き加えたのであろうか。あるいは,そこが訪問先であり,その目印として付されたのかも知れない。「宝永改正洛中洛外図」(1715)には,「かうだう(=革堂)」や「六かくたう(=六角堂)」,「いなハやくし(=因幡薬師)」といった庶民に人気のあった寺院に朱で印が加えられており,あきらかに参詣(観光)のための加筆である。「新版増補京絵図」(1723)には,三条通・四条通・烏丸通などに朱線が引かれているが,その引き方は粗雑であり,絵師による装飾線とは考えにくい。地図の読者が利便性などを考慮して加筆したものと判断できる。これらは道路地図・観光地図として地図が利用されていた例である。

版行地図が道路地図・観光地図として期待されていたことは,版元側の状況からも推測することができる。たとえば,西国三十三所第3番札所,紀州粉川寺の門前では,当地の版元が西国巡礼用の地図を製作していた。地図には札所の他に付近の名所なども描かれており,道路地図や観光地図としての使用を目論んだ販売であることは明らかである。さらにいうならば,今の観光地と同じく「おみやげ」の一品としても売り出されていたであろう。

一方,多少異なる使用法も確認することができる。例として,当館に収蔵されている「初版 京都大絵図 全」(1863,八大屋弥吉版とされる)を挙げておく。この図には,地図内に記載された村や寺社に□や△といった地図記号的表現が朱で加筆され,表紙には「□勅村,△霊物御覧・・・」といったような凡例が後筆で添えられている。また,地図に記載されていない事物については,「七本松一条上ル 清和院」などのように枠外に加筆されてもいる。このような所作は,地図の読者(使用者)が,地図とは別のところで得た知識をこの地図上に反映させた結果と見ることができる。この場合,版行地図は知的作業の成果を表現するためのベースマップとして位置づけられていた。

道路地図や観光地図,作業原図としての使用は,版行地図の情報を全面的に受入れるという点では共通点を持っていると言ってよい。それに対して,版行地図の記載内容やさらには地図自体に対して一定の距離を保つような見方をする者もいた。その典型的な人物のひとりが森幸安(1701~?)である。彼は自ら300点を超す地図を作製しており,当館にもその模写図が収蔵されている。

版行地図

18世紀を代表する地図作製者の1人である彼は,版行地図をどのように評価していたのか。

森幸安の版行地図への態度がもっとも明瞭に示されているのは,国立公文書館所蔵の森幸安作「城池天府京師地図」(1750)にある「図説」である。

 (前略)然書林開板流布于世之大中小京師絵圖,甚以多焉。雖然,有輿地廣狭路程長短,不全地理。爰貞享年京師絵圖所林氏吉永壽櫻京洛内外絵圖。弘于世。宝永正徳享保年各々再梓布于世。寛保年復改正以今廣于世。此圖雖洛中町區全地理,於洛外者,屡々有長短。以不為地圖。今新圖焉。

京都に関する版行地図は大中小とさまざまな図が数多く出回っているが,土地の広狭や距離の長短が正しく表現されておらず,「不全地理」,すなわち「地の理」が全うされていないと,幸安は言う。吉永版の図についても幸安は厳しく,洛中の記載はよいが,洛外については距離が不正確であり,やはり(他の版元の図と同じく)「地図」ではないと断じている。

辻垣氏らによると,幸安自身は「地の理」が備わった図を「地図」とよび,それ以外は「絵図」であると考えていた。「地の理」とは,上記の引用箇所からも窺えるように距離や面積,方位などが適切であることである。確かに,吉永版の京都図を見ると,洛中はともかく,洛外は明らかに距離や方角に歪みが生じている。幸安の言う「地の理」は全うされていない。この点で,吉永版の京都図も「絵図」に過ぎず,「地図」ではないとされたのである。

森幸安の地図観について,筆者は研究を開始したばかりであり,これ以上に論じることはできない。ただし,このような態度を見れば,幸安は版行地図を資料ないし研究対象として見ていたことが分かる。18世紀における地図の読者のなかでも,いろいろな意味で熱心な読者であったことは間違いない。

手描図に比べ,版行地図はその流布の範囲は明らかに広く,そこに掲載された地理情報の影響力も必然的に広範囲に渡るものとなる。ただし,ここで見てきたように,「影響力」と一言で片づけてしまうことはできない。地図に記された情報から益を得る者,その情報に自らの知見を加える者,そしてその情報自体に疑いを持ち,批判を加えていく者。読者は,版行地図に対してさまざまな地点から関係をとり結ぶことができたのであり,また「読書」をする度に,その関係を変化させることも可能であった。幸安にしても,林氏吉永の版行した内裏図をそのまま模写して,自らのコレクションに加えている例もあり(北野天満宮蔵「当今皇城地図」),全ての版行地図を却下しているわけではない。

読者ないし享受する側に視点を置いて,古地図資料をとらえなおしていく試みは,まだ始まったばかりであり,江戸時代の読者にどのような特徴が見いだせるのか,についてはこれからの課題である。ただ,出版文化が開花し,「情報化社会」となった江戸時代の人々の情報への接し方をとらえていくことは,単に江戸時代の様相を理解するだけにはとどまらない。情報化が一気に進展したという点では,現代社会も同じであり,その意味で,江戸時代の人々の情報への対応は,現代社会の問題点についても解決の示唆を与えてくれるかも知れない。

参考文献
小野田一幸,「地図の値段」
三好唯義・小野田一幸,『図説 日本古地図コレクション』,河出書房新社,2004,106-107頁。
辻垣晃一・森洋久編著,『森幸安の描いた地図』,国際日本文化研究センター,2003。

(総合博物館助手上杉和央・地理学)

総合博物館日誌(平成16年2月~6月)

  • 第2月13日 第78回教官会議
  • 第2月28日 レクチャー・シリーズno.15「マダガスカルの爬虫類とその多様性」開催
  • 第3月12日 教官懇談会
  • 第3月27日 レクチャー・シリーズno.16「京都大学の所蔵する鉱物標本の整理・登録とデータベース作成まで」開催
  • 第3月30日(人事異動) 掛員 藤田昌代 任期満了退職
  • 第4月1日(人事異動)
    総合博物館から配置換
    掛長 村田敏雄(学術情報メディアセンター等事務部学内共同利用掛長へ)
    主任 岡 勇二(学術情報メディアセンター等事務部全国共同利用掛主任へ)
    他学部等より転入
    助手 上杉和央 採用
    掛長 後藤省治(京都国立近代美術館庶務課経理掛長より)
  • 第4月9日 第79回教官会議
  • 第4月24日 レクチャー・シリーズno.17「琉球列島の化石鳥類相の研究~化石から探る,生態系の過去-現在-未来~」開催
  • 第5月14日 第80回教官会議
  • 第5月17日 外国人共同研究者 アームストロング・カイル・ニコラス氏(オーストラリア・ウエスタン・オーストラリア大学)来学
  • 第6月1日 外国人研究員 ユー・ホンチェン氏(台湾・国立台湾大学動物学系教授)来学
  • 第6月2日 平成16年春季企画展「森と里と海のつながり-京大フィールド研の挑戦-」開催
  • 第6月5日 レクチャー・シリーズno.18「日本人と森」開催
  • 第6月11日 第81回教員会議
  • 第6月12日・19日・26日 第15回公開講座
  • 第6月17日 第19回協議員会

ニュースレター

常設展

  • 自然史
  • 文化史
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ご利用案内

開館時間
9:30~16:30(入館は16:00まで)
休館日
月曜日、火曜日(平日・祝日にかかわらず)
年末・年始(12月28日~1月4日)
観覧料
個人観覧料
  一般 高校・大学 小・中学生
一人 400円 300円 200円

障害者手帳をお持ちの方とその付き添いの方1名、および70歳以上の方は無料です。(年齢確認ができるものをご提示ください。)

団体観覧料(20人以上の場合)
  一般 高校・大学 小・中学生
一人 300円 200円 100円

団体20人につき、引率者1人分の観覧料が無料になります。

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