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1890年代に作られた木製の教育用蒸気機関車模型
(2.2×0.6×1.0m、縮尺は1/4)

 モデルはイギリスから輸入されたベイヤーピーコック製の2Bテンダ機関車 (=炭水車付機関車、後の5300形) と推定される。明治中頃の代表的な旅客用機関車で急行列車も引いた。ただし、実物にはあるキャブ(運転室)はなく、テンダもついていない。当時の鉄道技術は、主要部品を輸入し、雇外国人の指導によってはじめて機関車を組み立てることができた(1893年)時代にあり、出所は不明であるが、模型とはいえ、鋲頭の一つ一つを糊付けしている程、細部にまで注意を払って作られていることから、できる限りのことを学びとろうという当時の意気込みが、この模型からうかがえる。
 機械工学科は京都帝国大学が 1897(明治30)年に創立されるのと同時に、土木工学科とともに最初の学科として設置されたが、翌年の1898年には当時の最先端技術であった鉄道の講義が、「機関車」の科目名で開始された(講師 森 彦三)。この機関車模型は当時購入された教育用模型の一つであり、構造を理解させるために講義等に用いられたと推定される。(以上は八木 明氏の調査に負うところが多い。記して謝意を表します。)