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【研究ノート】

ジュグソー・パズルと考古学

山中一郎

 最近は至るところで考古学の発掘調査をおこない、掘り出された多くの資料を整理して、過去の人々が繰り広げた営みを復原している。その盛況がもたらせた貴重な点は、多くの人が考古学するようになったことであろう。昨日まで家事をひたすら守った主婦専業の方が、空いた時間に考古学に参加されるという例は実に多い。考古学が社会参加していると思える事実であるし、逆に考古学は多才の人材を獲得している。人が多く集まることの利点は、さまざまな才能が寄り合って、個人では限りのある知識や巧みさを補え合うことにある。発掘調査で掘り出した過去の人々の生活の跡から考えられることは、ヒトは力を合わせて生きてきたのだなという実感であるが、それは考古学することにも当てはまる。そうした当たり前のことを改めて教えてくれるのがこのごろの考古学の盛況なのである。
 考古学するということは、実に多様な作業を含んでいる。データをまとめて論文や話を練り上げるのもそのひとつであるが、それ以前にデータを取るのに手がかかる。木を切り、草を刈って、発掘地を整え、鍬で土を掘り、竹ベラやブラシで土を削るのが始まりである。写真を撮り、現場で図を描いて、測量をおこなう。遺物を水で洗い、マークを書き込む。そして遺物の図を描き、写真を撮り、細かく観察してデータを取る、等々・・。
 遺物となって出土するものは壊れている。たとえ壊れていなくても、石器のように、作るときに石が割られて、そのとき生じた石片も取り出されることがある。そうした壊れものは、割れ面を探して引っ付け、もとの形にすることができる。もとの形を復原することによって、データの質は高くなる。一般の人がみて、気の遠くなるような引っ付け作業が考古学者の代名詞のように思われたときもあった。しかし多くの人が考古学することに参加されるようになって、この考古学者の特技は、実はそう言えないこともわかった。
 人はおのおのに得意とする分野をもっている。多様な作業を擁する考古学では、それぞれの面で見事な腕を示す方がたくさんおられる。とくに引っ付け作業では目を見張る超能力をみることができる。割られていった石片を引っ付ける作業は難しい。お茶碗とちがって、もとの形が分からないからである。石器作りを理解しているものは、剥がれていく石片の形の特徴を十分に知っているので、その視点から接合する割れ面を捜していく。しかしその引っ付け作業は、ジュグソー・パズルの立体版なのである。
 まずは、石に模様があるときには、模様のつながりを捜す。そして輪郭の形を頭に覚え込んで、それに対応する形を捜す。「どうして引っ付くことを見つけるのですか?」と尋ねられたある女の方が答えた。「形を覚えて、じっと他の石片をみるのです。そうするとパッと引っ付くのです。」感覚の作業なのである。そうした感覚の乏しいものや、経験のないものにはまさに神業のようである。

引っ付け作業

石のかけらを引っ付ける作業風景

 500ピースのジュグソー・パズルを買ってみよう。少し辛抱して取り組むと、完成させることができる。だんだんとピースの数を増やして挑戦を続ける。2000ピースともなれば、相当の時間をかけても成功するのに苦労する。ジュグソー・パズルは模様のつながりと接合面の形だけを頼りに引っ付けていく。要するに考古学の引っ付け作業と同じなのである。ジュグソー・パズルが流行しだしたころ、わたしたちの仕事が一般の人々の遊びにされたと思った。しかし考古学の社会参加のひとつだったなと思うこのごろである。

バンスヴァン遺跡

バンスヴァン遺跡(フランス、旧石器時代)の石器が引っ付く資料


K遺跡 K遺跡

(左)山形県中山K遺跡の石のかけら

(右)とそのかけらが引っ付いたところ

(京都大学 総合博物館教授・考古学)