イベント

2016 Lecture series -研究の最先端-開催報告(no.139)

実施日:

 

 本年度からキックオフする新レクチャーシリーズでは、先端研究をリードする本学研究者の魅力を当館館長が対談形式で引き出す新しい開催スタイルに挑戦します。対談の中では研究の概略だけでなく、研究を進める上での苦労話や、日々の研究生活などにも触れ、多くの聴講者に先端研究に対して親しみを感じてもらえるような形態を模索していきます。

第1回「野生のチンパンジーの障害児と他個体によるケア」開催報告

 第1回は、私たち人間に最も近縁な生き物であるチンパンジーを研究されている京都大学野生動物研究センターの中村美知夫先生にご登壇いただきました。京都大学の研究者らが50年以上研究を続けてきたマハレという野生のチンパンジーの調査地で、障害を持った子どもが観察され、この子をとりまく母親やその他個体のふるまいについて分析された興味深い研究成果について教えていただきました。
 講師の中村准教授は、レクチャーの中でもたくさんの質問にお答えくださりましたが、その場で回答しきれなかった他の来館者の関心事にも丁寧な回答をご準備してくださりましたので、一部ではありますがホームページ上で共有させていただきます。


■XT
(調査対象のチンパンジーの識別名)が障害のある児を姉以外に触らせないのはなぜなのか。周りの個体は興味をしめさないのか。

◆周りの個体は、通常の赤ちゃんと同じような感じで興味を示していました(軽く触ろうとしたり、覗き込んだりする)。これについてはとくに障害を持っていることで異なるということはありませんでした。XTが姉以外に触らせなかったのは(あくまで推測ですが)、おそらく普通の子のように扱われると困ると思っていたからではないかと思います。通常の1歳くらいの赤ちゃんなら、ちょっと乱暴に遊んでも大丈夫ですが、XTの子の場合はもっと丁寧に扱う必要があったのでしょう。
 
追跡の記録はどのような事項をまとめますか。 
◆研究者や研究内容にもよりますが、私の場合は、社会交渉を中心に、何を食べたか、どこにいるのか、誰と一緒にいるのかといったことを時間と一緒に記録していきます。後からそのフィールドノートを見て、たとえば「毛づくろい時間を調べてみよう」と思ったら、毛づくろいをしていた部分の時間を抜き出してデータとしていきます。
 
障害の程度によっては集団で助けることがあるのかが知りたい。これほどひどくない障害児は他の野生動物のように放置されるのか。それとも集団、人間に近い(地域社会)ので違った対応をするのかが知りたい。
◆集団で助けることがあるのかどうかは正直分かりません。今回よりも軽微な場合(たとえば、怪我で指が1本ないとか、少し足を引きずるとか)には、とくに他の個体が助けるといったことは観察されていません。
 
草食動物と肉食動物によって障害児の扱いには差があるのか。近親交配によって障害がでるのはチンパンジーも同じか。
◆これも正直よく分かりません。ただ、草食動物の場合は赤ちゃんは生後すぐに自力で歩くようになりますから、歩けないような子はすぐに肉食獣に捕まって食べられてしまうでしょう。肉食動物の場合は、赤ちゃんを巣穴で育てることが多いですので、おそらく巣穴にいる間は親に保護されることでしょう。霊長類は、とくに赤ちゃんを「運ぶ」という育児スタイルを取るので、今回のように「ケア」が分かりやすかったという側面もあると思います。
 
観察地に再訪したとき、チンパンジーの方も「あ!中村先生だ!」と認識はありますか。
◆チンパンジーに質問ができないので分かりません。ただ、普段からよく見ている研究者に対する態度と、初めて来た観光客に対する態度が異なることはあります。
 
研究の成果についてもう少し詳しく教えてほしい
◆京大の広報のページに詳細が掲載されていますので、ご覧下さい。

 研究テーマに出会ったきっかけを知りたい。
◆今回の障害児のテーマは、本当に偶然です。たまたまXTを追跡していたら赤ちゃんに障害があることが分かり、それまでにほとんど野生下での障害児の報告がなかったので詳しく調べてみたということです。他の研究テーマについても、私の場合はフィールドで「出会う」ことが多いです。
自分の身体を使ってチンパンジーと同じように森の中を歩き、社会の中に入り込むことで、さまざまなテーマが浮かびあがってきます。これがフィールドワークの醍醐味だと私は考えています。
 
チンパンジーを追跡していれば、チンパンジーはいやがらないのか。
◆多くの個体は大丈夫ですが、近づきすぎると嫌がる個体もいます。彼らがストレスを感じない距離を保ちながら観察するようにしています。距離をとってもどうしても嫌がる場合は追跡を諦めることもあります。
 
障害児が一人前になるには進化の過程で障害も進化し良い方向へ向かう事があるのか。
◆「障害が進化する」という言い方はしないと思いますが、進化の一因となる突然変異とは多くの場合、個体の生存に害をなすものです(多くの場合、変異個体は死んでしまいます)。その意味では突然変異個体は、それまでの個体とは異なる何らかの「障害」を持っていることになりますが、進化の長大な時間の中では環境の変化などでそうした変異が有利に働くこともあり、その場合にはもともとは「障害であった」ような形質が定着するということはありえるのかもしれません。
 

これからの予定

(※題目は変更になる場合があります)

場所

  京都大学総合博物館1階 ミューズラボ

申込み

 不要(直接博物館へお越しください)

参加費

 無料。ただし、博物館への入館料は必要

問い合わせ先
 〒606-8501
 京都市左京区吉田本町 京都大学総合博物館
 TEL 075-753-3272