(アジアとヨーロッパ)


 世界の問題の中で、このところ、アジアが元気だと言われていますね。日本でもAPECが開かれたりしてアジア、太平洋に関心が集まっていますが、そうした動きはどうでしょう。
梅棹 私はあまりアジアについて楽観的ではない。今、非常にアジアが元気があるように見えますが、元気のエネルギーの源泉のほとんどは日本とヨーロッパ、アメリカの先進諸国から来ている。日本産業がどんどん外に向かって展開している。工場現地移転です。あれが全部引き上げたらアジアは潰れます。
 投資額だけ見ると、北米と日本が断然多いですね。アジアでは。
梅棹 まあ言うたら、日本の投資によるバブルです。
 今のアジアはバブルですか。
梅棹 そうではないかと私は見ている。根本的な点でアジア諸国、中国を考えてみますと、元気が出てきているように見えますけれど、中国の産業構造、社会構造は何一つ変わっていない。極端に言ったら清朝時代のままなんです。根本的改革、近代化は起こっていない。
 先生は、中国をほとんど歩いておられますからね。
梅棹 私は中国はよく知っているんです。現在、中国は3特別市5民族自治区22省の30省からなっていますが、30のうち私は29まで自分の足で歩いて、自分の目で見ているんです。中国はどういう国かということは、ある程度わかっています。特に、戦争末期の2年間を中国で生活したので、中国は大体、理解できているつもりです。中国は、革命はやりましたけれど、基本的には何も変わっていない。今のまま、もし日本や先進諸国が手を引いたら、バブルははじけますな。
 先生のおっしゃるバブルというのは、現在の元気は表面的変化だということですね。表面的にはいくつか変わっている部分があるかもしれない。
梅棹 ファッションみたいなものは、どんどん変わるんです。
 社会構造とか社会の持つ本質的部分は変わらない。
梅棹 私がいたのは1944年から46年まで2年間です。その間の北京や天津、上海に比べると、現在の3大都市は非常に変貌しました。ビルがいっぱいできた。人々のファッションがモダンになった。しかし、人々の心、精神構造、社会構造はほとんど変わっていない。今、市場経済がどんどん伸びているように見えますが、あれは昔からそうです。むしろ共産主義になったということが不思議なんで、中国は、基本的に民衆は市場経済です。そこへ戻ったというだけだと思います。多少行き過ぎた表現があるかもしれませんが、そう簡単にアジアの世紀が来るとは私は思わない。
 タイ、インドネシア、ビルマ、ASEAN諸国についてもそうです。それほど楽観できるものはないと、私は思ってるんです。
 先生のお話を伺っていると、国家と民族との共生というのは、なかなか道は険しいですね。
梅棹 険しいです。今までのように、すぐに暴力に訴えて解決しようということは、どうやら収まってきた。世界には暴力の嵐がまだ吹き荒れています。特に、アフリカはひどい暴力沙汰です。ルワンダとザイールとの問題でも、ルワンダは惨たることです。
 2年前まではルワンダだけかと思っていたら、隣のブルンディも巻き込んで同じ状態になってしまった。
梅棹 本当にひどいことです。まだまだ起こります。ルワンダの問題は結局一種の民族紛争です。部族間対立から来ている。
 もともと国家の仕組みがない時代は、それぞれの民族が生活様式を分担して、それなりに共生の論理はあったんですね。ところが、国家という枠を作った途端に。
梅棹 途端に問題が起こっている。国家ができると国家を支配する民族と被支配民族と出てくる。世界中まだまだ至るところでそれが出ます。ロシア連邦もそういう要素を内部にいっぱい孕んでいます。ロシア連邦もこれから解体の可能性を持っていると思います。ロシア連邦から離脱したいという欲求、その端的な比較的最近の現れがチェチェンです。チェチェンはコーカサスの中では小さな国ですが、早くロシアから離脱したい。同じような要素を抱えている小さい国、ロシア連邦内の国がいくつもありますから、これが今後どうなりますか。
 先生、目を横に転じてヨーロッパはどうですか。いまは懸命にヨーロッパ統合と言っていますが、西ヨーロッパの方の特に、共同への動きはどういうふうに見たらいいんでしょうか。
梅棹 もともと西ヨーロッパ世界は一つの世界です。同じ文化を持って、同じ宗教のもとに暮らしている。これはうまくいくのではないですか。バラバラでいたのではどうにもならんと、必死になって打開する動きがでてくるでしょうね。
 それぞれの国はニュアンスが違いますから。
梅棹 違います。本当に違います。ぎくしゃくしながら、特に、イギリスと大陸との間には大きなギャップがあります。昔からです。しかも、イギリスの中にもアイルランド問題が解決不可能です。あれは21世紀中頃になっても多分解決できないでしょうね。
 19世紀初頭ですから、200 年近く抱え込んだままの状態です。
梅棹 解決不可能な事態はあちこちにあるんです。アイリッシュの土地をイングリッシュが暴力的に取り上げて、イングリッシュとスコッツで分配した。それで百数十年になる。分配したら、そこで生まれ育った人がいっぱいいるわけです。よそに引き上げるわけにいかない。土地を取り上げられたアイルランド人はどうなるのか。赤貧洗うが如き状態です。ジャガイモ以外に何もなかった。ひどいことになったのです。
 これは問題はありますけど、中国の体験から言いますと、本当に日本は中国から引き揚げてよかったと思います。満州でも同じことをやってるんです。中国の農民から土地をり上げて、開拓義勇軍と称する日本人が土地の分け取りをやったわけです。それがもし、後まで残っていたら惨憺たるものになります。幸い、途中で挫折したからよかった。開拓義勇軍なんていうと、聞こえはよろしいが、実態は土地の取り上げです。
 ヨーロッパの中でもイギリスとアイルランドの問題、スペインのバスクとか。それぞれ火種を抱えていますね。
梅棹 私はバスクにしばらくいたことがあるんです。凄まじいテロです。バスクというのは不思議なところで、スペインの中で最先端地域です。鉄鋼生産があって工業地帯です。オリンピックがありましたバルセロナ、カタローニア地方も先進地域です。
 あそこは言葉も違いますからね。
梅棹 カタラン語を語っている。バスク語はスペイン語にかなり似ていますけれど、違います。系統不明の言語です。イタリアも複雑でしょう。
梅棹 イタリアがね、これがおかしいんですよ。イタリアは三つの部分から成り立っている。一つは大陸イタリア、一つは半島イタリア、もう一つは島嶼イタリア、シチリアとサルデーニア。島のイタリアからなっている。ところが島のイタリアと半島イタリアは貧乏なんです。大陸イタリアが豊かなんです。大陸イタリアの中心は北部のミラノです。民族から言いましてもかなり違うんです。昔、ゲルマン大移動の頃に、ロンゴバルト、ゲルマンの一派が入ってきてゲルマンの国になったんです。イタリア語でしゃべっていますが、もともと起源が南とは違うんです。ローマから南のナポリが中心地の半島イタリアは長くスペインの植民地領だった。かなり歴史的に違うんです。
 最近、実におかしいことが起こった。レーガロンバルダという政党が北部にあります。ロンバルディア連盟です。この連中が、関西とよく似てるんです。ロンバルディア地方は豊かで、生産力が高い。
 農業も豊かですし、工業もある。
梅棹 ミラノを中心とした大工業地帯です。それをローマ政府は搾取して全部持っていって、南にバラまいている。関西と同じなんです。収奪されている。植民地扱いされている。
 関西はロンバルディア地方だと。ローマは東京というわけですか。
梅棹 東京政府は信頼できないという同じ構造がイタリアにもある。それでロンバルデア連盟はローマ政府が信頼できないというので、つい最近、独立宣言をやった。途方もないことですけどね。ローマから北です。大陸イタリアは独立しよう、イタリア連合から離脱しようというのです。
 そもそも南イタリア、ローマ以南と北とは成り立ちが違う。1872年のリッソールジメントで統一イタリアを作った。南部の半島イタリアの人たちにすると、北部にやられたという意識がある。日本の東北地方みたいなものですが、薩長にやられたという意識があるんです。それで、こんなものは始めから違うものだから一緒になるのは嫌だという主張が潜在的にあった。今度はそれをレーガロンバルダが逆手に取って、イタリア国家からロンバルダ連盟の離脱という現象が起こったんです。
 私は関西の前途に対して非常に暗示的だと思います。こんな搾取の限りをやられたらかなわない。上納金ばかり取り立てて、空港一つ作らない。そういう政府は信頼できない。ロンバルダ連盟の思想に習って、関西独立運動をやるべきだろうと思っている。独立政府を作ったらいいんですよ、できます。厄介な問題はあります。軍備をどうするのか。外交をどうするのか。いろいろ問題はありますけれど、独立を一つの清新運動として、考えておいてもいい。上納金をふんだくられて、8割持っていかれている。それが関西に戻ってきたらどんなにゆっくりやれますか。先進国は先進国なりに、こういうことがある。
 荒唐無稽な話のようですけどね。21世紀はこれを考えておいた方がいいと思います。

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