(日本の運命)


 大分、お話も進んでまいりましたが、20世紀の日本は、それなりに生き抜いてきたということですが、日本そのものの評価は先生のお立場から言うとどうなんでしょうか。
梅棹 私は本当に戦争に負けてよかったという印象を受けているんです。私は戦争中、大陸におりましたので、惨たる目にあっています。辛うじて日本へ帰ってきた。帰ってみますと、日本の知識人は全部うちひしがれてほんとうにひどい状態に陥ってた。私はそれが意外だった。私は惨たる引き揚げではありましたけども、精神的には意気揚々と帰ってきた。これで日本は救われた。すべてにのしかかっていたのが戦争遂行ということです。それが何もかもをおしつぶしていた。その重圧が解けたんです。軍がなくなった。私は本当にしめたと思った。
 帰ってすぐ仲間たちに、これから日本が旭日昇天の勢いで栄えるんだと説いて回った。そんな時、そんなことを言う人は誰もなかった。うちひしがれていた。私は「旭日昇天教の教祖」とあだなが付いた。それが1946年の春です。それから後、60年代にかけて私の予言通り、旭日昇天の勢いです。
しかし、昇る日はまた沈みます。21世紀はやがて日本も没落の時を迎えるだろう。今が絶頂かもしれない。その徴候はいろいろあります。高齢社会になっていることもあります。日本人口の女性一人の出産力が1.4でしょう。これはどういうことになりますか。我々の少年時代と全く違う。じり貧ですよ。人口は21世紀の前半で8,000万を切るんじゃないですか。
厚生省の数字でも5,000 万人という数字が出ております。
梅棹 21世紀中頃で7,000万人くらいになりますでしょう。そうなるとどうなるか。明らかに生産人口の減少、若年層が減ってくる。現在の活力を到底維持できない。しかも、相当の活動力のある人たちは海外に出ていってしまっている。養護老人ホームを見ても、活力は次第に減っていくでしょう。老熟が起こる。静かな老後を送るのには最も適した国家になるかもしれない。今、西ヨーロッパ諸国がかなりそうなっている。フランスなどは一種の老齢化がおこっている。西ヨーロッパ諸国と日本とはかなり共通の運命をたどるかもしれない。じり貧で、しかし、過去の繁栄を忘れることはできない。何とかそれを維持するために必死の努力をする。
 21世紀には一方で、地球人口そのものは増えるという予測もあります。
梅棹 増えますよ。今、55億人ですが、100億近くになるでしょうね。アジア、アフリカで増える。その人たちはどうなるのか。生活水準、よりよい暮らしをしたいという欲求だけは共通です。よりよい暮らしのためには物資がいりますから、物資獲得の争奪戦をやる。一方では自然を食いつぶしていくわけです。現にそうです。今の文明は、自然が何十億年かかって蓄積してきた地球の富を皆で食いつぶしているわけです。一方で、資源争奪戦争が起こって、開発途上国どうしの深刻な闘争が起こる。たとえば、中国の人口は今、12億です。まだ増える可能性はある。あの人たちを誰が食わせるか。食糧が明らかに足りない。中国はそんなに豊かな国土と違いますから、人口が13億、15億、20億になったら、ひどいことになると思います。
 そうすると、そういうふうな人口構造を持って、さきほどおっしゃられた20世紀を経て21世紀になる。日本の課題というとどういうことになりましょうか。そういう時代を生き抜いていくのに、あえて挑戦すれば。これは関西の課題かもしれません。
梅棹 平和な老後を送りましょうということでしょうな。私は日本はどうもそういうようになる可能性があると思っています。前からの持論ですが、もし可能ならば、鎖国がいいんです。可能ならばですよ。鎖国して一切、外国ともお付き合い致しません。江戸時代に戻る。江戸時代は見事なバランスの取れた自給自足社会です。資源の食いつぶしがあまりなかった。非常に巧妙にできている社会です。そこへ戻れるなら戻りたい。所詮かなわぬ夢でございます。
 このグローバル時代にはちょっとそれはむずかしいのではありませんか。
梅棹 しかも、巨大な先進工業社会ができてしまった。これを支えるためにはエネルギー資源と鉱物資源がいる。日本における鉄鋼生産、金属をどこかから持ってこないといけない。日本は金銀の豊富な国でしたが、掘り尽くしてしまいました。鉄はあまり出ない。鉄はもっぱらオーストラリアに依存している。オーストラリアからシーレーンを通って、1日1艘の巨大な輸送船が日本に並んで走っている。それで辛うじて持っている。オーストラリアは日本にとってはありがたい存在です。ようあんなところに都合のいいものがあった。逆に言うと、オーストラリア側にすると、よくぞこんな位置に日本という国がいてくれたということなんです。鉄の安定供給と安定需要、これで共存体系ができている。うまく共存共生が可能なケースだったと思います。
 日本国家の今後の行き方の一つとして、アジア、アジアと言いなさんなということです。アジアとどういうふうに共生しますか。非常に難しい。オーストラリアとならやれるんです。逆に、オーストラリア、ニュージーランド、途中にあるフィリピン、インドネシア、こういう西太平洋諸国間の連合を考えた方がいいんじゃないか。私は西太平洋諸国家連合を考えているんです。海洋国家です。大陸はやめなさい。今まで日本が大陸に手を出して、ロクな結果はないんです。島嶼連合が日本の将来につながるかもしれない。戦前に大陸で甘い汁を吸ったという記憶が忘れられんのですな。しかし、それはやめた方がいい。大陸は恐ろしいところです。

「21世紀の日本と関西」へ