(帝国と国家の解体)


20世紀を外観した時に、社会主義の論理は成功しなかったけれども、途上国諸国が勃興した事実はあるわけですね。
梅棹 あるんです。確かに後進開発途上国が出現して、そのほとんどが20世紀後半において政治的独立を果たした。ただし、それが経済的繁栄をもたらしたかどうかは疑問です。アジア諸国、アフリカ諸国はこれからまだまだ苦しい時代を迎えることになるでしょうね。一応、20世紀に先進国の援助によって独立はできた。たくさんの国ができました。第1次世界大戦前は、世界中の国は30くらいしかなかったのではないですか。今日、それが 180くらいになりました。
国連加盟国だけでも184です 。
梅棹 それくらいに増えている。一応、形は曲がりなりにも独立国家になった。しかし、その中に住んでいる人たちの生活が、そのことによってよくなったかは今後の問題で、非常に難しい問題がたくさんあると思います。
ただ、私ども実際にアフリカの各地のフィールドを歩いていますと、一方で国家レベルでの混迷はあるんですが、人々の生活水準はそれはそれなりに徐々に向上してきていることは明らかに認められるんですね。
梅棹 あります。少しずつですけれどね。
 つまり、いまお話の流れの一方で、20世紀が産業革命の成果を少しずつ世界の隅々に普及していった。技術文明は地球の隅々に広がっていったという側面があります。
梅棹 それはその通りだと思います。
現に我々でも、24時間もあれば、世界中、どこへでも行けます。
梅棹 私は1963、64年当時はほとんどタンザニアとケニアにいました。あんなところにも一昼夜くらいで行けるようになった。そういうことは20世紀を通じて非常に大きな変革がもたらされた。
 9年前に「諸文明の時代」をお考えになった時には、一方では20世紀の物質文明が地球上に普及する、それによって人々の生活水準は徐々に向上してくるけど、向上すると共に実は、民族が顔を出してくるという説ですね。
梅棹 今日のテーマは共生ということですが、諸民族、諸文化がいかに折り合いをつけつつ共生をしていくかというのが21世紀の問題です。20世紀は紛争の世紀で、2回も世界大戦争をやっているわけです。利害が矛盾を生んで、ひどいことがいっぱい起こった。世界は諸文明に分解して、諸文明の間で摩擦が起こる。さらに諸文明の内部で少数民族の問題が起こる。これはちょっと解決不可能なんです。まだまだ出てきます。
 我々の周辺でもソ連が崩壊した後での国内問題とか、ユーゴスラビアの崩壊した後の国内問題など、なかなか理解できないという声がずいぶんあります。
梅棹 あれはわかりにくいと思います。私はしばらくユーゴスラビアにおりましたので、ボスニア・ヘルツェゴビナの問題というのはかなりよくわかる。あれは、厄介なんです。今日の世界情勢の一つの典型みたいところがありまして、あれはナショナリズムの激突なんです。それを裏打ちしているのは宗教なんです。セルビアは正教会、クロアチアはカトリックです。それとボスニア・ヘルツェゴビナの主力はイスラームです。これもスラブ人であって決してトルコ人ではないんですが、トルコ支配がずいぶん長い間続きましたから、その間にイスラームに転宗したスラブ民族がいっぱいおるわけです。その人たちの問題です。
 オスマントルコ帝国の時代にイスラーム化する。
梅棹 スラブ人がイスラーム化した。そういう人たちがずいぶんいる。オーソドックスとカトリックとイスラームの三つが三つ巴になっている。それぞれの宗教を中核にしてナショナリズムを作っていく。私がユーゴスラビアにおりました時は、チトーの時代で、この時にはユーゴスラビアにおいては、いくつかのタブーがあった。一つはチトーを批判したらいっぺんに捕まる。国のタブーなんです。もう一つはナショナリズムだった。ユーゴスラビアでナショナリズムを出したら国が崩壊する。スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、ツルナゴーラ、そしてマケドニアの寄せ集め国家で、ほとんどがスラブ民族なんです。南スラブ諸民族連合という形で第1次世界大戦後に独立を認めた。それが相当むりなもので、結局バラバラになった。
 ソ連邦そのものも同じような運命をたどったんです。あれもいくつかの、まるで異質な国家の連合体であった。それがバラバラになってしまった。なおこれからもまだまだ世界の解体プロセスは続くと私は思います。20世紀を通じて、いくつかの大帝国が解体したんです。大英帝国も解体した。オーストリー・ハンガリー帝国も解体した。ドイツ帝国も解体した。大日本帝国も解体した。20世紀という時代は、既成の帝国の解体の時代である。まだ解体していない部分がかなりあります。中華帝国とロシア帝国です。これがどうなるか。21世紀の大きな課題です。
ちょっと数字を調べただけでも、1990年には国連加盟国160ヶ国なんです。その年の暮れにドイツが統合しまして159に一つ減るんです。ところが現在、184ですから90年代のこの5年間の間に、25ヶ国増えている。まさに20世紀の終わりになって、もう一度、波がきている。
梅棹 それで、20世紀の大国解体の時代を契機にして、さらに、21世紀は国家解体の時代に入るかもしれない。
国家そのものがですか。
梅棹 日本などは比較的、国内に異民族が少ない国で、大日本帝国は解体しましたけれど、日本国家そのものは解体の危機にさらされてはいない。しかし一般的には、諸国家は解体の危機にさらされております。
 日本国家は単一民族国家だと言う人が多いですけれど、それは間違いですね。日本国家は大和民族とアイヌ民族の二民族国家です。この二つは文化的伝統が違いますから、はっきり二民族国家であるということを認めなければいけない。それを今まであまりはっきり認めてこなかったために、たくさんの悲劇が出ているわけです。最近ようやく立法化の動きがアイヌの中からも出てきているようですけれどね。これは早いこと、きちっとした民族としての権利を認める必要がある。たとえば、アイヌ語の教育を法律的に認める必要があると思っております。
 今、世界では一方で少数民族とか被差別民族に対する関心は非常に高くなっている。
梅棹 逆にそれを利用していろんなことが可能なんです。私は心配しすぎかもしれませんが、北方四島の問題です。千島、樺太に相当たくさんのアイヌの人たちがいます。その人たちを北方四島に集結してアイヌモシリの独立宣言をされたらどうしますか。そういう可能性があるんです。あまり呑気なことは考えておられない。
 時々、国家はとんでもないことを考えますから。
梅棹 国家というのは恐ろしいものですからね。手が付けられませんよ。

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